22. 裏市
ちょび髭に連れられて薄暗い階段を降りた先には、一階の店の敷地よりも一回り広い空間が、まるで地下に眠る秘密の劇場のように広がっていた。
天井から吊るされたシャンデリアの光がやけに黄色く、埃っぽい空気を過剰に照らしている。
壁一面に張られた深紅の絨毯と、無駄に彫刻を施された趣味の悪い柱。
まるで小箱のクラシックのコンサートステージみたいな構造だ。
金はあるが品性はない――そんな成金趣味がこれでもかと詰め込まれた内装に、俺は思わず口の端を吊り上げた。
ここは王国に蔓延る悪の温床のひとつ。
裏市と呼ばれる奴隷オークション会場だ。
表側では売り買いできない訳ありの奴隷を、闇から闇へと売りさばくための、ろくでもない場所。
俺は会場をぐるりと見渡し、その無駄に金の掛けられた施設の荘厳さに、笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。
「いいねぇ。悪の巣窟って感じ。アンタのご主人様は相当儲かってんだな」
隣に立つちょび髭にそう話しかけると、彼はぴくりと眉を動かし、露骨に顔を顰めた。
「お嬢様、ここではそのような不穏な発言はお控えください。ウチは、あくまでもここへいらっしゃるお客様方へ施設を提供しているだけですので」
「ああ、そういうことになってるのか」
場所を貸しているだけで、オークションをやっているのはあくまでも勝手に施設へやってきた客たち——そういう建前らしい。
何かあった時の言い訳としてはそれで充分なのだろう。
小学生が捻り出したくだらない頓智みたいな理屈だが、証拠がないならそれ以上何を問い詰めても意味はない。
ボイスレコーダーもビデオレコーダーもないこの世界では、犯罪を裁くには分かりやすい書状の印鑑でも見つけるか、あとは現行犯で押さえるしかない。
それ以外は、権力を笠にした強引な検挙がいいところだ。
ポートマンを捕えるにはどの筋を選んでも、相当に泥臭く困難な道になるだろう。
場合によっては伯爵家の権力によって、逆に仕掛けた側が痛い目を見ることにもなりかねない。
そんなリスクを負ってまでこの場所を咎める正義マンが現れることは、相当珍しいはずだ。
みんな、見ず知らずの奴隷の命よりも、我が身の保身の方がよっぽど大事だものなぁ。
「うーん、最高に権力社会って感じ」
この空虚な会場が、満席になるほど人が集まることもあるのだろうか。
社会の掃き溜めとは、まさにこの場所のことを言うのだろう。
王国の蛆虫ワラワラでワロタwww
まあ、俺もその蛆虫の一人には違いないのだが。
しかし、広い敷地に反して、本日の客人はやけに少ないらしい。
やたら並べられた木製の椅子の数に対して、座っている人影はその半分にも満たない。
埋まらない席の余白が、かえってこの場の胡散臭さを際立たせていた。
「ところでお嬢様、本日は本当にその御格好でよろしいのですかな?」
「ん? どういうことだ?」
「眼帯で片目を隠しておられる以外は、ほとんど素顔を晒しておられますので」
言われて初めて周囲を見回す。
なるほど、みんな仮面やヴェールで顔を隠してこの場所に来ているのか。
そういう暗黙のルールは事前に言っておけよ、ダールトンめ。
「まあ、いいや。どうせ今日はここへ来た人間全員にご挨拶をする予定だからな」
「はい? 挨拶、ですか?」
「ああ。まあ、後のお楽しみだ。アンタも、ここでこの先のイベントを見届けるんだろ?」
「いえ。私は上に戻り、また扉を閉めなくてはなりません故」
「……そうか。頑張れよ」
このちょび髭、人が出入りするたびにあのバカみたいな重たい隠し扉を、たったひとりで動かしているのかよ。
大した体力だわ。
ワンチャン、ウチのギルドへの引き抜きも本気で考えるか。
ただ、身なりからして、このちょび髭は既にかなり良い待遇で仕事をしてるんだよな。
そもそも、一体どこに雇われているのかもわからんし。
もしかすると、コイツも祀ろわぬ教会のメンバーか?
だとしたら、あの組織は俺が思っているより面白い人間が集まっているのかもしれない。
まあ、それは今考えることではない、か。
俺は、階段の向こうへひとりで戻っていくちょび髭の背中を見送りながら、そんなくだらないことを考えていた。
「おい、まさか、あれって……」
「カースナー公爵令嬢?」
「バカ、ここで他の客の名を出すな」
「いや、だがまさかそんなはず」
「公爵令嬢? 何バカなこと言ってんだ?」
「何故、顔も隠さずにこんな場所へ……」
会場の客席の方から、そんな声がぽつぽつと聞こえてくる。
ひそひそ喋っているつもりなのか知らないが、この静けさでは丸聞こえだ。
俺は何喰わぬ顔で、その一団の元へゆっくりと近づいて行く。
一部の人間は、そんな俺の接近を警戒するように、僅かに身構えた。
「ちょっくらお邪魔しますよ」
気にせず、そのまま空いている席のひとつにドカッと腰を下ろす。
客たちは話しかけようか、それとも見て見ぬふりをするべきか——そんなじれったい葛藤を、隠しきれない表情で見せていた。
上手くすれば公爵家に取り入るチャンスになるかもしれない。
でも、何故公爵令嬢がこんな場所に?
そもそも公爵本人はどこに?
奴らが頭の中でぐるぐる考えていることは、手に取るようにわかる。
やっぱ注目されるのも、悪いもんじゃないな。
俺はひとり口元を歪めて、ことの成り行きを愉快に見守ることにした。
しかし、結局最後まで俺に話しかけてくる勇者が現れることはなく、やがて会場にはこの場の主催がゆっくりと姿を現す。
奇術面をしていて顔は見えないが、社交界で一度話した男の声——ポートマンだ。
「皆様、お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日はプレミアム会員の皆様限定! 特別なオークションとなっております!!」
やつは舞台の上に立ち、役者めいた大仰な仕草で両手を広げてみせる。
しかし、そんなポートマンの言葉に色めき立つ人間は、この場にひとりもいない。
ポートマンは、想像していたよりもずっと薄すぎる客の反応を見て「あれ?」と、間抜けな顔をしていた。
全員、お前よりも俺の方が気になるってよ。




