21. 裏口
一週間ほどの後。
俺はレアーナとは数日遅れで王都に到着した。
明日はラインとの茶会があるが、
到着したばかりである本日はフリー。
馬車の旅で疲れた体を、さっさと寝て癒したいところ。
だが、タイミング悪く今日の夜は寝るわけにいかなかった。
どうしても、行かねばならない場所がある。
時刻は丑三ツ刻と言ったところ。
ひとりで屋敷を抜け出した俺は、王都の中のとある商業施設を訪れていた。
シルヴィアは付いてきたがったけどお留守番。
今日は下手をすると久しぶりの大立ち回りになる。
シルヴィアには悪いが、庇う必要のある人間を連れて行くと邪魔になってしまう。
そんなわけで、俺はひとりで夜の街を歩いた。
しばらくしたところで、目的地を見つける。
街灯に照らされた灰白色の石壁。
二階建てか三階建ての商業施設。
貴族の街であるフランネルに相応しい豪壮な外観であった。
入口には鉄製の看板が風に揺れている。
看板には『閉店』の文字。
「いやぁ~、胡散臭いねぇ。わかっているからそう感じるのか、内側から溢れ出るものなのか」
周囲の通りには、一見すると誰も居ない。
時間も時間なので不思議なことではないだろう。
だが、この場所に近づいてからというもの、周囲の通りの物陰からジッと俺を監視するような視線を感じている。
バレバレすぎだ。
隠れてるつもりなのか知らんが、あれなら普通に道を歩くふりでもした方がマシなんじゃねぇのか?
この体の感覚が鋭敏すぎるのか、
相手の潜伏が雑過ぎるのか、
なかなか判断に困るところだ。
「ま、気にしても仕方ないし。お邪魔しますかね」
俺は閉店の看板を無視して白樺っぽい木の扉を押した。
鍵はかかっておらず、普通に開いてしまう。
閉店時に店の入口のカギを閉めないとは不用心な。
なんて、そんな常識は、この場所において通用しないものだ。
本当は、今もこの店は営業中なのだから。
中に入ると、甘く上品な花の香りがした。
店に飾られた美しい花が、暗い店内にも存在感を放つ。
だが、そんな花だけを残して、店の中はがらんとしていた。
営業時間には何かしらの商品が並べられているであろう陳列棚にも何もない。
しばらく何もない店の中をグルグルと回った。
意味もなくそうしているわけじゃない。
店の中の決まったルートを歩き続ける。
そうしている間に、何者かの足音が店内から響いてきた。
やがてランタンを手にしたひとりの男がやって来る。
やたら高級そうなタキシード。
ちょび髭を生やしたおっさんだった。
すんげー筋肉。
タキシードが今にも張り裂けそうじゃねぇかよ。
もうちょっと擬態しろよ。
どう見てもカタギの人間じゃねぇだろ、お前。
「お嬢さん、このような場所で如何なさいました?」
おっさんの表情には隠し切れない動揺の色がある。
まさか俺みたいなガキがこの場所にやってくるとは思っていなかっただろう。
ただの迷子にしても、本当の客にしても、間違いなく彼の経験上イレギュラーな存在。
だが、どちらにせよ貴族の子供を邪険にはできない。
そんな男の考えが、表情から透けて見える。
本日の俺はドレス姿。
ひとりで着ることができないちゃんとしたタイプのやつ。
わざわざ服を着るためだけにシルヴィアに手伝ってもらった。
貴族のドレスってマジで面倒くさい。
でも、今日は大事な仕事なので止む無しだ。
ドレスのスカートを摘まんで軽くご挨拶。
「お初にお目にかかります。本日はとある方の紹介で、銀糸を手繰って参りました」
それが、合言葉になっている。
俺の言葉を受けて、ちょび髭が目を見開く。
「はて、なんのことだか……」
これもお決まりの文句だ。
ここで下手に問い質したりすると追い返される。
俺は何も言わず、もう一度スカートを摘まみ上げた。
カーテシーをするためではない。
ドレススカートに隠れて見えにくい、俺の足元を見せるためだ。
スカートを軽く上げたまま、俺はパンプスの踵で地面をタンッタンッと二度鳴らす。
これで最後の合図。
いよいよ男が驚愕を隠せなくなり、内心を表に出してしまった。
「ほ、本当に?」
「ええ」
俺の答えを聞くと、男は「世も末だ」と言いたげな顔をする。
しかし、次の瞬間にはその顔にまた笑みを張り付けた。
「失礼しました。では、こちらへどうぞ」
おっさん、サービス業が板についてんなぁ。
客の事情に深入りしない。
この鉄則は、どこの世界も変わらぬものらしい。
男に案内された店の奥。
二階に上がる階段をスルーした先にある壁際の棚。
なるほどね。
これを横にずらすと裏に扉がある的な。
はいはい、小説とかにあるあるの奴ね。
とか思っていたら、俺の想像とちょっと違った。
「フンヌッ!」
ちょび髭は気合の入った声ともに棚を前に引っ張る。
スゴゴゴゴッ! と音を立てて、棚がくっついている壁の一部ごと前にせり出した。
「えぇ……」
たしかに、これは知らないと見つけられんわ。
っていうか、知ってても相当な怪力がないと開けられない。
「では、こちらへ」
一仕事終わったぜ。
そんな感じの表情で、ちょび髭が額に浮かんだ汗をハンカチで拭っていた。
壁が抉れたような状態になっているが、その先には下に降りる階段がある。
なんか思っていたのと違う隠し通路に、俺は密かに動揺させられるのであった。




