20. 捕獲
翌日の夜。
レアーナとの剣の稽古を名目に、俺は彼女を体力の限界まで追い込む。
「珍しいじゃない。こんな時間に稽古なんて」
「明るい時間は他にやりたいことがあったんでな。時間が後ろにズレた」
「ふ~ん?」
レアーナは良く分かってない顔をしている。
「文句言わずに仕事をしなさい。アナタが言い出したことでしょう?」
「わかってるわよ、変態メイド!」
「変態? 失礼なことしないでください。根無し草」
喧嘩するなよお前ら……。
なんでだろうね。
最近シルヴィアさんがピリピリしてる。
どうもレアーナが気に入らないらしい。
まあ、色々と怪しい少女であることは間違いない。
ぶっちゃけ敵か味方かもわからんのだ。
警戒するに越したことはない、か。
とはいえ、レアーナの魂胆など知らずとも問題はない。
どうせ、これから彼女には俺の仕事に手伝ってもらうため、屋敷から出て貰うのだから。
「さて、じゃあ始めるぞ」
「ええ。掛かって来なさい!」
夜の訓練場には俺とレアーナ、それからシルヴィアしかいない。
「ちょっとぉ!? 昨日、まで、と! 全然! 違う! じゃない!」
ここ最近はレアーナに気を使って稽古で手を抜いていたが、今日はリミッターを外して好き放題に彼女へ攻撃を仕掛ける。
「どうしたどうした? 手も足も出てないぞ?」
「ぐっ……ぬっ……あぅっ!」
レアーナが持つ木剣を狙って何度も剣閃を放つ。
これから奴隷市に出品するっていうのに体に傷をつけるわけにはいかない。
今日も狙うのは木剣だけだ。
だが、最早レアーナは俺のサンドバッグ状態。
まともに身動きできず防戦一方になっている。
何度も繰り返し、あえて木剣を落とさせない程度に木剣同士を打ち合わせた。
それから、レアーナのフラストレーションが限界になった頃合いを見計らって、わざと隙を見せる。
「こんのぉぉ!」
わかりやすいなぁ、コイツ。
上段からの大振りが来た。
雑すぎて当たるわけない。
見てから、俺は当たるスレスレで避けてやる。
当たりそう。
そう思わせることで、レアーナは即座に次の攻撃を仕掛けてくる。
あと、ちょっと。
何度もそう思わせる。
鼻先を木剣が掠めていく。
当たれば軽く鼻血が出るくらいじゃ済まない。
間違いなく骨が折れる。
レアーナの剣技はみるみる成長している。
同年代でこれだけ剣を使える女の子はまず居ないだろう。
さすがに大人と正面から剣で良い戦いができるとは思わないが。
でも体捌きだけならウチの護衛騎士よりやり手かもしれない。
「まあ俺の方が断然強いけどな」
「はぁ!? いきなり煽ってくるんじゃないわよ!」
「悔しかったら当ててみろ」
「言われなくとも!」
彼女はさらに木剣を振り回した。
「お~っと、危ない危ない」
「ウザすぎぃ! いい加減、一発くらい当たってよ!」
「自分から当たりに行くわけないだろ?」
俺は後ろに大きく飛びのいて、一旦また距離を作る。
そうすれば、またレアーナに走らせることができるから。
「やぁぁぁ!」
思った通り、一直線に突っ走ってきた。
結構良い踏み込みしてくるじゃねぇか。
でも、もう良い頃合いか?
俺は身体を軽くずらして、イノシシばりの突進を避ける。
ついでに、レアーナの足を木剣で引っかけた。
「きゃわぁぁ!?」
悲鳴を上げ、ズテーンとすっ転ぶ。
そのままヘッドスライディングみたいに滑って行った。
「大丈夫かぁ?」
レアーナはうつ伏せになったまま、暫く動かない。
返事がない。
ただの屍のようだ。
「おーい。生きてるかぁ?」
近くにしゃがんで、指先で後頭部を突く。
「ぐ、ぐやじぃ」
「泣くなよ……」
ようやく地面と睨めっこをやめたレアーナが顔を見せた。
彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
さすがに罪悪感が湧いて……来ない。
だって、どうせ嘘泣きだろーが。
「死ねッ!」
ほら来た。
レアーナは体を地面から大きく弾ませ、さらに体を捻って無理やり回し蹴りを繰り出してくる。
「殺意高すぎだろ」
ちゃんと当たったら危ないやつじゃねぇか。
やっぱり剣を使わない体術をやらせた方が良い動きをする。
このまま成長したらなかなかの手練れになりそうだ。
とはいえ、まだ未熟。
避けずに足を掴んで強引に体を引き寄せる。
「なんで今の不意打ちで平然と受け止めるのよ……」
「言ったろ、殺意が出すぎなんだよ。次はもっと上手く泣き真似しろ」
「泣き真似は良いんだ……」
「勝負に汚いだのなんだの言う奴はバカだ。勝った奴が正義。俺との稽古に不意打ちは必須科目と知れ」
「アナタに不意打ちまでされたら、アタシ死にかねないんだけど?」
「なら頑張って強くなるしかないな」
完全に組み伏せた状態でそう言ってやると、今度こそレアーナの体から力が抜けた。
「この脳筋令嬢……」
コイツは俺に色んな渾名をつけてくれるなぁ。
「はぁ~。次はアタシだけ真剣を使うとかにしない?」
「公爵令嬢を殺す気かテメェは」
「どーせ当たらないじゃないアナタ。怪物め!」
「ほ〜ん、いい度胸してるじゃねぇか」
それから、俺はレアーナの腹がよじれるまで脇腹をくすぐり続けるのだった——。
「で、ようやく動けなくなったお前に手錠を嵌めたってわけ」
「むがぁぁぁぁ!」
久しぶりに猿轡を付けられたレアーナが絶叫する。
これにて捕獲完了。
後は深夜になったら迎えに来るダールトンの荷馬車にレアーナを積み込んで王都まで運ばせる手筈。
後日、俺もまたラインとの定期茶会があるから王都に向かうことになっている。
レアーナにはダールトンと共に先入りしてもらうだけだ。
どーせレアーナに王都まで同行しろと言ってもウダウダ理由をつけて断ってくるのは目に見えているのだ。
さっさと縛り上げて送りつけてしまった方が早い。
レアーナが屋敷から消えたことに屋敷の人間が気づく前に、テキトウな理由をでっち上げて完全犯罪に仕立て上げるのが残る課題か。
まあ、そこはシルヴィアに協力してもらえばどうとでもなるだろ。
「しっかりお勤めするんだぞ、クソニート」
「むががぁぁぁ!」
レアーナの意味不明な叫びが屋敷の訓練場に響いた。




