18. 奴隷商館(new)
レアーナが公爵家で居候するようになって二ヶ月くらいだろうか。
領地での生活は平和そのもので、
特段語るべきトラブルもなく過ごすことができた。
レアーナの裏組織に追われている云々の話はなんだったんだよ……。
まあ、相手さんもまさか公爵家に掴まった後、
断罪されるでもなく普通に屋敷で生活しているとは思いもしないのかもしれないが。
ただ、日常の裏でこっそりと進めていたとある活動の方ではちょっとした収穫が出た所だ。
俺は現在その報告を得るため、
とある奴隷商館に訪れている。
言わずもがな、ダールトンの店だ。
領都の一角、大通りから少し外れた路地は、日が傾き始めると独特の空気を纏う。
昼間は行き交う商人や町の住人たちで賑わうが、夕暮れ時になると人通りは減り、代わりに石畳を照らす街灯がぽつぽつと灯り始める。
だが、活気がないわけではない。
夜の街は、また昼とは別の表情を見せる。
また二人の男女が絡み合い、
近くの宿屋の中へと消えて行った。
「お~、お盛んだねぇ」
「ベルベット様、見てはいけませんよ」
シルヴィアに怒られてしまった。
彼女くらいの年頃なら、そういうことにも興味を持ちそうなものだが、彼女は全く気にした風もない。
しばらく二人で歩いた先、
ひときわ存在感を放つ建物があった。
外観は相変わらずのデッカイ倉庫。
煤けた煉瓦造りの壁に、無骨な鉄製の扉。
初めて訪れた者なら、まさかこの中に王国最大の商いが息づいているとは思いもしないだろう。
だが、その扉をくぐった瞬間、外の景色とはまるで別世界が広がる。
その中身は以前の牢屋だらけで劣悪な見世物小屋とは別物だ。
入った瞬間から、明るいシャンデリアの吊るされたラウンジが用意されてる。
磨き上げられた大理石の床に、
天井から降り注ぐ橙色の光。
壁際には上質な絨毯が敷かれ、
そこはかとなく甘い香の匂いが漂っている。
まるで高級な社交場に足を踏み入れたかのような錯覚さえ覚える内装だ。
そして、入口の目の前には受付があり、美しい女が肌色の多い格好で俺の応対を始める。
「お久しぶりです、ベルベットお嬢様。商会長からは既に話を伺っております。シルヴィア様もご一緒に、どうぞいつものVIPルームへ」
「ああ。ご苦労さん」
「ありがとうございます」
軽く手を上げて応える俺と、
その後ろで深く頭を下げるシルヴィア。
二人で店の中を歩くと、
壁際に並ぶ屈強な男や、
受付嬢と同じく肌色の多い格好の女性たちが俺に最敬礼する。
通路の両脇には、以前の陰鬱な牢獄めいた雰囲気は微塵もない。
代わりに、まるで貴族の邸宅の廊下を歩いているかのような、洗練された空間が続く。
窓から差し込む夕暮れの光が、床に長い影を落としていた。
ここに居る者は皆、肌艶がよく活き活きとした顔つきの者ばかりだ。
「なんというか、本当にここは別世界みたいに変わりましたね」
俺の少し後ろを歩くシルヴィアが、周囲をぐるりと見渡しながら感心したようにそう言った。
その声には、以前この場所を訪れた時の記憶と、今の光景との落差に対する驚きが滲んでいる。
「商売において真に成功するために必要なのは、商品の質にこだわることだ。薄利多売でもそれなりに儲けは出るが、やはり天井はたかが知れている。巨万の富を得るためにはブランドを育てる意識こそが大切なんだ」
って、前世のビジネス本に書いてあった気がする。
俺はそんな知識を役立てる機会のあるような人間ではなかったけどな。
でも、たまに興が乗って自己啓発本とかビジネス書を買ってみたくなるタチだったんだよなぁ。
まさか、死んでから役に立つ機会があるとは思わなんだ。
「正しくその通り。私には耳が痛い話でございます」
商館の奥にあるVIPルームの手前には、ダールトンが控えていた。
扉の脇に佇むその姿は、燭台の淡い灯りに照らされ、どこか厳かな雰囲気すら漂わせている。
中で座って待ってりゃいいのに、律儀だな。
まあ、商売人はこういう一個一個の機嫌取りで商機を掴むものか。
「とかいって、今はしっかりやってるみたいじゃないか。ダールトン商会の名前は、もう王都でも覇権を取ってるだろ」
「ええ。ベルベット様が授けてくださった叡智により、王国最大級から、名実ともに王国最大の奴隷商に成り上がりました」
誇らしげな顔で語るダールトンは、初めて会ったときより少し逞しく見える。
別に痩せたわけではない。
なんというか、オーラが違うのだ。
「奴隷の待遇を全面的に見直して、美しく屈強な者を取りそろえる。奴隷の管理に掛かった値段は売価を吊り上げることで大幅に回収。店の内装も高級志向にして、奴隷たちは檻の中で見世物にするのではなく、ある程度自由に動かして自ら客を取らせる。だいぶ効果はあったみたいだな?」
「はい。五年前の売り上げと比較すると実に二十五倍。私が必死にやっていた商売がバカのようですな」
「少し前からカースナー領内では税率も下がって、ウハウハってところか」
ダールトンもニッコニコ。
まあ、下手な貴族よりよっぽど金と盤石な地位を手に入れたのだから、当然と言えば当然。
しかも公爵家の御膝元の店という折り紙つきにしてやっているんだから、コイツはもう我が家を裏切れない。
だが、これらの施策はダールトンに飴を与えているようで、結局は俺の利益のためだ。
税率は下げたが、ダールトンの店で得た利益は爆増しているため、結果として公爵家が得る税金は増えている。
まさにWIN-WIN。
全ては、俺自身のために。
そして、奴の忠誠心を高めた恩恵が、まだひとつ。
案内されたVIPルームは、重厚な扉の向こうに広がる、落ち着いた色合いの空間だった。
深紅の絨毯に、革張りのソファ。
窓の外はすでに藍色に染まりつつあり、その暗さが逆に室内の温かな灯りを際立たせている。
「さあ、雑談は終わりだ。中に入って、しっかりと本題を聞かせてくれ」
「……もちろんでございます」
俺とダールトンは顔を合わせ、グフグフ、グヘヘと笑みを深める。
そんな俺たちを物凄く微妙そうな顔でシルヴィアが見守っていることに、俺たち二人が気づくことはなかった。




