15. レアーナ
数日後。
王都からカースナー領に戻ってきた俺は、困り顔のアンリエットと母に迎えられた。
「あらあら……」
「ベルベット、アナタって子は……」
二人は領地での仕事と、まだ幼い弟であるルシアンの世話のために、俺やシルヴィアより数週間先に領地へ戻っていた。
せっかく久しぶりの再会だと言うのに、その顔に喜びの色はない。
理由は俺と同じ馬車から出てきた痩せた小娘だ。
以前よりは少し肉がついてふっくらしただろうか。
しかしボサボサの寝癖のせいで、みすぼらしさには寧ろ拍車が掛かっている。
せっかく艶のある綺麗な黒髪だと言うのに……。
ついでに目が死んで見えるのは、大きな黒目のせいでそう見えるだけだと思いたい。
さて、なぜ馬車に乗っていたのに寝癖がついているのかと言えば、それは馬車の中で彼女が寝ていたからに他ならない。
しかも座って寝ていたのではなく、俺の膝に頭を乗せて。
おかげで対面に座っていたシルヴィアが大騒ぎして大変だった。
そんな中でも平然と熟睡できるのだから大したものだ。
閑話休題。
現在俺はそんな少女を背後に引き連れ、母に事情聴取されている。
「ベルベット、また奴隷を拾ってきたのね? ダメよ、そう何度も勝手に奴隷を連れてくることを許した覚えはありません」
「聞いてくださいお母様。これには訳があるんです。あと、コイツは奴隷じゃありません」
奴隷よりももっとヤベェ裏社会の刺客です。
とは言えない。
「じゃあ何? 好みの平民の少女を誘拐でもしたの?」
「お母様、アナタの娘はそこまでイカれてないです……」
「なんでもいいから返してきなさい。もうアナタにはシルヴィアがいるでしょう?」
「その通りですベルベット様! やっぱりこの黒髪は山に捨ててきましょう。私に任せてください。二度と戻ってこないように木に縛り付けてきます!」
鼻息荒くしたシルヴィアが便乗してトンデモないことを口走った。
少女を山に縛り付けて放置とか、ヤバすぎるよ。
お前、俺よりも悪党が向いてるんじゃないか?
「話がややこしくなるから、お前は大人しくしてろ!」
「そうよ! このおっぱいメイド! アタシみたいな、いたいげな女の子を山に捨てるなんて! どんな神経してるの! この人でなし!」
「生意気言ってんじゃねぇですよ! 木に縛る程度じゃすまさねぇですよ! このクソガキ! 私はアナタがベルベット様の手に噛み付いたことを一生許さないですからね!」
ああ、もう。
この二人のピーピーピーピーうるさいことよ……。
王都を出発してからもう二日もこの二人の言い合いを聞かされている。
俺は本日何度目かわからない大きなため息を吐くのだった。
祀ろわぬ教会という組織の末端構成員をしているという黒髪の少女。
その名をレアーナと言うらしい。
間違いなく偽名だろう。
少し前にレアーナと名前を呼んだときに「誰だソイツ?」って顔をしていた。
遅れて思い出したように返事をしていたが……もうちょっと誤魔化し方とかあるだろ。
どんだけテキトウだよこのクソガキ。
しかし誠に遺憾ながら、なし崩し的に俺はこの自称レアーナを匿うことになった。
祀ろわぬ教会の厳しい掟により、任務に失敗した者は自害。
それを拒んだ場合は組織から人間が差し向けられ始末されることになるらしい。
ぶっちゃけ俺はあんまり信じてない。
なんかずっと胡散臭いんだよなこの子。
ただ末端とはいえ組織で働いていたなら何か新情報をもたらしてくれる可能性も無きにしも非ず。
それに本当にレアーナを始末するために新たな刺客が彼女の元に来てくれるのなら、今度はソイツを引っ捕えて何か情報を探れるかもしれない。
本人が情報源として使えなくても釣り餌としてリサイクルできる。
これぞ異世界SDGsだ。
持続可能な捕虜万歳!
うん。
自分でも何言ってるかよくわからん。
もうなんでも良いから理由をつけないとやってられないのだ。
「お母様、この子は訳ありなんです。ここで見捨てれば明日にでも路肩で首と体が泣き分かれているかもしれません」
「……それこそ屋敷に入れるのは難しいわ。ベルベット、アナタの正義感を否定はしたくないけれど、ルシアンのことも考えて」
ごめんなさい。
正義感とかないです……。
でも、そうだよなぁ。
ルシアンのことを考えたら危険人物を屋敷にってのは難しいよなぁ。
そこは俺自身もずっと懸念していた。
まだ一才のルシアンに何か危険があってはいけない。
特にルシアンは大事な大事な後取り息子だ。
こんなわけわかんないニートみたいな少女を近づけるのは教育にもよろしくない。
やっぱ捨ててくるしかないのかなぁ。
そんなことを思った時、俺の隣に一つの影が躍り出た。
「奥方様、お初にお目にかかります。わたくしの名はレアーナと申します。わけあって、先日よりベルベット様のご温情で世間より身を忍ばせていただいている者です」
寝癖のせいでだいぶ迫力がないものの、そこにはキリリとした凛々しい顔の少女がいた。
だぁれ、この子?
俺が知っている牢屋ニート娘とは違う有様に瞠目させられる。
その後、またたく間に母から気に入られたレアーナは自らの手によって屋敷の離れへの滞在権を勝ち取るのだった。
そういう顔ができるなら初めからやってくれよ。
っていうか、なんで俺の周りには変なのばっかり集まるんだ?




