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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第二章

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14. 狂人

 灰の谷の最奥。


 風が吹くたびに、灰色の砂粒が骨のように白茶けた岩肌を撫でていく。

 

 廃れ果てたこの土地に、

 朽ち果てた一軒の廃屋があった。

 

 屋根は半分が崩れ落ち、

 扉は蝶番ごと外れて地面に転がっている。

 誰の目にも「もう何年も人の手が入っていない廃墟」としか映らないだろう。


 だが、その地下には、雑然としながらもまともに人が生活できるだけの部屋が作られている。埃をかぶった床板の下、隠し階段を降りた先に広がるその空間は、外観からは全く想像もつかない。


 ランプの油の匂いと、

 古い紙束の匂いが混じり合い、

 地上の荒涼とした静けさとは対照的な、

 どこか生々しい人間の気配で満ちていた。


 そして、そこを拠点としているのは、(むくろ)がそのまま動いているような容姿の男。

 

 頬は削げ、

 目の下には深い影が落ち、

 笑うたびに覗く歯だけが妙に白い。

 

 死を纏ったまま歩き続けているような、

 そんな異様さを漂わせている。

 

 ヴァルトハイム王国においては、フールーの名で活動している裏社会の人間だ。


「アリスター侯爵も気の毒になぁ。まさかお嬢がウチのボスだとも知らずに依頼を出して来やがるたぁ」


 男は椅子の背もたれに体重を預け、

 天井の染みを眺めながら喉の奥で笑う。

 カカッ! という乾いた声が、

 狭い部屋の壁に反響して消えていった。


「客からは搾れるだけ搾り尽くしてやるのが裏社会での礼儀ってやつだ。せいぜい味がしなくなるまでしゃぶらせてもらうとしようかねぇ。だが、今はそれよりも——」


 フールーというのは、彼が持ついくつもの顔のひとつに過ぎない。


「さてさて、まさかレイア様がお嬢の家に捕らえられるとはなぁ。ホント、この国に来てから退屈しない。カカッ!」


 声には愉悦が滲み、指先は退屈しのぎのように机の上のナイフをくるくると弄んでいる。

 軽薄さと不穏さが同居したような仕草だ。


 彼がヴァルトハイム王国に訪れた理由は、アレゴール皇国第一皇子であるアルベルトの命令によるものだった。


 アルベルトは石橋を叩いて渡るような男で、妹であるレイアの亡骸をその目で確認するまで、彼女の脅威から逃れたと確信できなかった。

 だが、もはや国内にレイアの影はない。

 ならば、隣国だ。


 そうしてアルベルトは幾人かの私兵を皇国の裏社会から雇い、レイアの捜索と確実な始末に差し向けた。


「まさかオイラのところが当たりだとはなぁ。アルベルト様も運がねぇ。カカッ……。さて、陛下にはどうお伝えしたもんかね。溺愛している娘子が隣国で捕虜になっているとは伝えにくいし」


 実は、フールーは第一皇子の刺客のフリをするスパイであった。

 彼の正体は、アレゴール皇国の皇帝に重宝されている暗部の諜報工作員。


 その名をフールーダ・オーミナス。

 元々は皇国のオーミナス公爵家に名を連ねる者である。

 公爵家の三男であった彼は、基本的に表舞台に出ることはなく、しかしその優秀さを皇帝に買われて懐刀として扱われた。


 かねてからアルベルトの不穏な行動を怪しんでいた皇帝は、溺愛しているレイアを守るためにフールーダを使ってその様子を見守っていたのだ。

 しかし、狡猾なアルベルトの手管によって、結局レイアは国を追われる形で出奔することになった。

 

 フールーダは優秀な工作員だが、その仕事はレイアの監視に限らない。

 数多くの仕事をこなす中で、隙を突かれる形でレイアの保護に失敗するという失態を犯した。

 本来であれば死罪になりかねないが、しかしフールーダは皇帝の懐刀。

 易々と切り捨てることができず、皇帝はフールーダに汚名を返上させる名目でアルベルトのスパイとして動くように命じたのだった——。


 

 というのは、表向きの話。


 フールーダの本当の姿は、皇国の裏社会の重鎮。

 またの名をジョーカー。

 皇帝の懐刀という立場すら、彼にとっては隠れ(みの)に過ぎない。


「レイア様には、このまま消えて貰った方がオイラとしては都合が良いんだよなぁ。彼女はちょいと優秀すぎる。アレが女帝として君臨しちゃあ、オイラの裏での活動に支障が出そうだ。その点、アルベルト様は扱いやすくて良い」


 ランプの灯りが揺れ、壁に映る彼の影がひときわ大きく歪んで見えた。

 まるでその歪みこそが、彼の本性を映す鏡であるかのように。


 王座すらもジョーカーの手に掛かれば思いのまま。

 彼は自分の都合の良いように皇国の政治を裏から操り、好き勝手に国を引っ掻き回す。

 知るものぞ知る真の大悪党なのだ——。


 

 と、いうのもまた彼にとっては数ある顔のひとつに過ぎない。


「あ~、でも、もう皇国は飽きてきてたし、このままお嬢のところで遊ばせて貰うのも良いなぁ。レイア様がお嬢と手を組んだら滅茶苦茶面白いことが起こりそうだし。もうこっちでフールーとして生きていくのも楽しそうだなぁ」


 詰まるところ、この男は、自身の道楽の為にあらゆるものを弄ぶ愉快犯でしかない。


 第一皇子の刺客も、

 皇帝の懐刀も、

 裏社会のジョーカーも、

 そして、フールーも。


 この狂人にとっては、どれもこれも遊びの道具に過ぎないのだ。


「お嬢は良いんだよなぁ~。オイラが遊んで来た人間の中で、格別に面白い。はぁ~、これから何をしでかすのか、楽しみでさぁ。そのうち、お嬢を裏切ってガチで敵対するのもアリかもなぁ。ヴァルトハイム王国、良いなぁ。遊び方が無限大だぁ。カカッ! カカカッ!」


 乾いた笑い声だけが、灰の谷の廃屋の地下に、いつまでも反響していた。


 ベルベットは、自らが抱え込んでしまった特大の爆弾の存在にまだ気づいていない。

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