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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第二章

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12. 喜劇

 アルフレッド・アリスター侯爵は、自室の暖炉の前に立ち、赤々と燃える炎を睨みつけていた。

 彼の顔は上等なワインを飲み過ぎたことで赤らみ、しかしその目は苛立ちと焦燥で濁っている。

 

 侯爵位であり、第二王子派閥の重鎮として振る舞ってきた彼にとって、近頃の宮廷の空気は耐えがたいものとなっていた。

 

 第一王子ラインが、予想を遥かに超えて優秀に育ったのだ。

 元は内気でとても王族にふさわしくない性格であったため、ラインは第一王子でありながら王宮内で支持者が少ない立場にあった。

 

 彼自身も王位に拘りはなく、

 そのことを気にした風はない。

 それは今もそうだ。

 だが、アルフレッドはだからこそ腹立たしい。

 

 能ある者が上を目指さない。

 それは才能を授けた神への冒涜だ。

 

 アルフレッドは信心深く、そして偏った思想の持ち主である。

 

 元々、第二王子の方が利発で、派閥も厚かった。

 ところがラインは穏やかでありながら鋭い洞察力を持ち、さらにある時から別人のように勉学や武術に励むようになり、騎士団や文官たちからの信頼を着実に集め始めたのだ。

 

 そして数日前、決定的な一手が打たれた。

 公爵家の才女、ベルベット・カースナーとの婚約だ。


「クソッ……」


 アルフレッドは低く唸った。

 

 ベルベットがただの公爵令嬢でないことは、彼も認めざるを得なかった。

 ベルベットはわずか十二歳ながら、宮廷の老練な官僚たちを唸らせるほどの知性を見せたのだ。

 彼女が本格的に第一王子派閥の中核として機能するようになれば、第二王子派の優位は瓦解するのも時間の問題だった。


「少しでも第一王子派閥の活動を牽制する一手が必要だ……。少しだけ、あの小娘を痛い目に遭わせてやればいい」


 侯爵はデスクに歩み寄り、抽斗(ひきだし)から黒い封蝋の便箋を取り出した。

 最近手に入れた、裏社会に通じる特別なルートへの書簡だ。

 

 彼は第二王子派の資金の一部を、

 表向きは情報収集の名目で使いながら、

 こうした闇の組織とも繋がりを保っていた。


 依頼内容はシンプルだ。

 ベルベットに、直接的な危害を加える必要はない。

 ただし、彼女の身近な者――使用人や、最近親しくしている侍女、あるいは馬車を襲う程度の事故を演出する。

 彼女が怯え、王宮から距離を置くような心理的な圧力をかける。

 今のところは、それで十分だ。


「所詮、箱入り娘だ。少し怖い思いをすれば、才女ぶるのも控えめになるだろうさ」


 アルフレッドはペンを走らせながら、薄笑いを浮かべた。

 愚かにも、彼は自分が今、危険な一線を越えようとしている自覚が薄かった。


 封をした手紙を、信頼できる使用人に渡す。

 

「これをいつもの場所へ。急げ」


 使用人が退出した後、

 侯爵は再び暖炉の前に戻り、

 グラスに注いだブランデーを一気に煽った。

 

 炎が揺れるたび、彼の影も大きく歪んで揺れた。

 その影は、まるでこれから訪れる禍々しい未来を予感させるかのように、侯爵の足元で不気味にのたうっていた。


 彼はまだ気づいていない。

 自らが敵に回してはいけない怪物の領域に足を踏み入れてしまったことに。


 

 ◆ ベルベット

 

 夜の自室。

 ベッドで横になっていた俺は、ヌルリとした気配が屋敷の中に入り込んだのを肌で感じた。

 

「フールーか?」

「はい。夜分にすいやせんね、お嬢」

「構わねぇよ。お前の活動時間は本来、夜更けだろうしな」

「カカッ、お嬢が理解のある御方で助かりやす」

「世辞は良いよ。それで、用件は?」

「アリスターのことで、情報を持ってきやしたよ」

「マジかよ。早いな」


 フールーを情報収集に送り出してからまだ三日ほどだ。

 相手は侯爵家。

 ウチほどではないにしても、間違いなく大貴族。

 ちょっとやそっとで情報を抜ける相手じゃない。

 

 と、思っていたんだが……。


「お前、マジで本当は何者なんだよ?」

「カカッ、しがないスラムの貧民でやす」

「んなわけねぇ……」

「カカッ!」


 まあ、本人に喋る気がないなら仕方ない。

 無理に聞いてへそを曲げられる方がコッチとしては困る。


「それで、何がわかったんだ?」

「いやそれが、バカらしいことなんですがね。どうもウチにお嬢の家へ危害を加えるよう依頼を出すつもりらしいですぜ?」

「はい?」

「裏社会にできた新興ギルドであるウチに、仕事の依頼をしたいと」

「びっくりした……。俺が総代をやってるギルドに我が家への嫌がらせを依頼するつもりなのかと思った。まさかそんなわけないか……」

「お嬢、概ねそのとおりですぜ」

 

 見えないが、フールーが苦笑交じりに頷いたのがわかった。


 なんだよそりゃ。

 喜劇かよ。


「まあ相手さんもまさか公爵令嬢が裏社会に蔓延る闇組織で総代を務めているとは思ってもみないのでしょうなぁ」

「それもそうか……」


 なんせ、俺自身もなんでそんなことになっているのわからないんだから。

 

「ウチって大々的に看板出して暗殺の依頼とか受けてるの?」

「まさか。表向きにはちょっとした用心棒稼業ですよ。暴力沙汰の過激な仕事はお任せあれってね。ああ、表と言うのは裏社会での表と言うことで」


 裏社会の表ってもう意味わからんなぁ。

 じゃあ暗殺者ギルドは裏社会の裏稼業なのか?

 裏の裏ってもはや表なのでは?

 ヤバイ、頭がこんがらがりそうだ。


 正直、眠くて頭があんまり働いてない。

 

「それで、どうしやす?」

「そうだなぁ。とりあえず、仕事は受けてもらっていいぞ」

「お嬢ならそういうと思ってやした」

「暗殺だか軽くちょっかいを掛けるだけかは知らんが、依頼をくれるっつうなら金をシコタマふんだくってやれ。話は合わせてやる」

「テキトウに仕事したことにして金を巻き上げるわけですなぁ。これはあくどい」


 うむ。

 素晴らしい褒め言葉だ。

 

「俺が包帯でも巻いて外を歩いたら仕事したと思った満足すんだろ」

「ついでに情報を引き抜いてやれば後は用無し。ボロい商売でさぁ」


 フールーが邪悪な笑いを上げ、俺もつられて笑った。

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