10. 祀ろわぬ教会
少女を捕えて三日目の朝。
「お~い。朝ごはんですよ~」
俺の声を聴いて、牢の中のベッドで少女がむくりと体を起こす。
「ごはん……」
寝ぼけ眼でヨダレを垂らしながら少女が復唱する。
寝ぐせボサボサ。
昨夜も随分とグッスリ眠れたようだ。
「今日はポタージュというものを用意した。食べたい人~」
ピンッと手を伸ばす少女を見て俺はニヤリと笑う。
僅か三日で随分と従順になったものだ。
これはそろそろいけるかな?
「よ~しよし。それじゃあそろそろお前が持ってる情報を吐け」
「…………」
少女は心底落胆した顔でバタンとベッドに倒れ込んだ。
そのまま枕に顔を埋めて二度寝を始める。
ぐぅ。
「寝るの早すぎだろお前」
しかし意外だ。
こうも粘るとは。
もっと簡単に口を割らせることができると思っていた。
少女の見た目からして、この子のご主人様は命を張ってまで義理立てするような相手とは思えないのだが。
「お前なぁ、いつまでも俺が何も喋らない奴の面倒をみてやると思うなよ? 俺がお前に飯と寝床を用意してやってるのは、お前の持つ情報を得るためだ。とはいえ、お前にどうしても話す気がないなら、他を当たることだってできる。そうなりゃお前はお払い箱だ」
俺の言葉を受けてか、少女の方が小さく揺れた。
やっぱ寝たフリだったか。
「せめて、一日にひとつくらい俺の質問に答えてみろ」
「……一日ひとつ?」
「いや、うーん……やっぱ、一食にひとつだな。一日に三回質問に答えたら一日三食になるぞ」
「一日三食!?」
食いつき方が凄い。
この食いしん坊め。
「ぐっ……でっ、でもぉ…………」
「ほーれ。早く決めないと、せっかくのスープが冷めるぞぉ」
「クッ……この悪魔!」
「なんとでも言うがいい。何を言われようが俺の心は全く揺れん」
いいじゃないか悪魔。
素晴らしい響きだ。
もはや褒め言葉と言っても良い。
俺はこんな風に嫌がらせした人間から罵られることにこそ喜びを感じるのだから。
これこそ、俺が求めていた悪党のあるべき姿だ。
駄メイドのお守りだの、
王子様との婚約だの。
そんなもの本来は俺の仕事じゃない!
俺は他人を見下して生きたい!
初心に帰るのだ!
「この人でなし!」
「うんうん」
「この外道!」
「うんうんうん!」
「このぺちゃぱい!」
「クソガキ! あんま舐めてっと絞めるぞゴラァッ!」
少女はドン引きしていた。
護衛もドン引きしていた。
ああ、いかん。
つい沸騰してしまった。
でも人の身体的特徴について、
とやかく言うのは良くないと思うんですよ。
「いいから質問に答えろよ。お前の雇い主は誰だ?」
「いきなりそんな核心に触れる気!?」
「ったりめぇだ! ぶっちゃけ聞きたいことなんて、それぐらいのもんなんだよ!」
「何よそれ! 一日三食の約束はどうするのよ! 適当な質問に答えてれば、三食寝床付きで一生面倒みてくれるんじゃないの?!」
「ふぁ~~~!? ふざけんなよお前! そんなわけねぇだろが! ふてぶてしいにも程があるわ!」
牢屋の中で爆睡こいてる時点で、
かなり肝の座った子だとは思っていたが……。
まさかこの牢屋で余生を満喫する覚悟まで決めているとは。
覚悟決めすぎだよ君。
ちょっと尊敬しそうになる。
「お前なんて聞きたいこと聞いたら野山にリリースだよ。命あるだけ感謝しろや」
「今さらここを出たって、アタシは殺されるだけよ……」
少女は悔しそうに呟いた。
「逃げればいいだけだろ。国を出ればさすがに追っては来ないだろ。それとも、お前のご主人様は密偵一人のためにそこまで労力をかけるほど暇なのか?」
「知らないわよ。顔を見たこともないんだから」
なんてこった。
末端構成員すぎて雇い主と直接会ったこともないとは……。
ちょっと考えればそういう可能性に思い当たることもできたろうが、すっかり頭から抜けていた。
「もしかして、お前ってそもそも大元の雇い主を知らないとか?」
「…………ええ」
うひょ~。
骨折り損のくたびれ儲けかよ!
「アタシが仕事を受けたのは、王国の裏に暗躍するある組織から。アナタに目をつけていた誰かが、アタシが所属するその組織に依頼を出したというわけよ」
「なるほどな……」
王国の裏に暗躍する組織、ねぇ。
「その組織ってもしかして『祀ろわぬ教会』って名前だったりする?」
「……なっ!?」
大当たり〜。
随分前から公爵家で張ってる組織だ。
ダールトンと繋がりがあったとこ。
あったというか、現在もダールトンはそこの構成員をしている。
ウチにこっそり組織の情報を流すためのスパイとしてだ。
「思ったよりいいこと聞けたよ。ほら、スープ食べていいぞ」
俺は格子の配膳用の穴から皿の乗った盆を差し出した。
「あ、アナタ、一体何者なの? どうして組織の名前を……」
「あれ、そう言えばまだ名乗ってなかった? 俺はベルベット・カースナー。この国の公爵令嬢様だ。以後、お見知りおけくださいコノヤロー」
唖然とした顔で少女は俺を見返す。
「こ、こんなガサツなガキが公爵令嬢……。世も末ね」
少女の呟きに、思わず俺は腹を抱えて笑ってしまうのだった。




