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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第二章

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09. 忙しい一日

 翌日。

 いつもの如く目覚めからシルヴィアの顔を見て、なんだかんだと朝のやり取りがあった。


 王宮にまた出かけにゃならんので、普段より急ぎ足で着替えて身支度をする。

 屋敷で過ごすだけならもうちょっとラフなドレスを着るんだが、王子様と会うとなるとコルセットを装着してゴテゴテの武装を施されるのだ。

 そして恒例のシルヴィアの髪弄り。

 今日はシンプルにポニーテール。

 と思いきや髪を結んだあとにサソリの尻尾みたいな特殊な形に髪を編まれた。

 なんか強そう。


「一応、これからライン殿下とデート(笑)をする予定だから、もうちょっと控えめな髪型の方が良くないか?」

「いけません。ベルベット様が舐められないように武装はできる限り堅めにした方が良いんです」

「デートで舐められるとかあるんだ」

「当然です! 甘い女と思われれば、男はすかさずベルベット様にマウントを取りに来ますよ」


 ああ、たしかにマウントを取りたがる男はいるなぁ。

 年収とか、学歴とか、自分語りをして褒めてもらって気持ちよくなりたい奴。

 こっちの世界だと何でマウントをとるんだろう?

 やっぱり家格か?

 なら王族とか最強じゃん。


「ふむ。たしかに偉そうにされるのはウザいな」

「ほらほら。だから見た目からして威圧感マシマシで行きましょう! でないとベルベット様が危ない! 男は全部猿です! 舐められれば最悪、ちょっと隙がありそうな女だし味見しちゃおっかなぁ~とか考えてくるんです! 奴らは所詮、脳ではなく下半身で思考しているんですから!!」


 うお。

 ウチの駄メイドが凄い思想強そうなこと言ってる。


「顔近い」

「あぎゅっ」


 喋る度にずずいと近づいていたシルヴィアの顔を掌で押しのけた。



 


 そんな朝の時間を過ごした俺は、朝食を済ませて屋敷の離れに監禁されている少女の様子を見に行った。


 黒髪、黒目。

 やせ細った身体。

 どこか出会ったばかりの頃のシルヴィアを想起させる。

 こんな体であの身のこなしができるなんて、正直驚きだ。

 

 昨夜の逃走劇を思い出し、俺は密かに舌を巻いた。

 

 月に照らされ夜闇を舞う彼女の姿は、

 あんな状況でなければ、

 とても幻想的に映ったことだろう。


「おはようさん。調子はいかが?」

「……」


 返事はない。

 少女は目を瞑って牢屋の中に座っている。

 たぶん起きてはいるだろう。


「朝食を持ってきてやったんだけど、食べる?」

「……」


 飯は食べて欲しいものだ。

 と、思ったところで思い出した。


 そういえばコイツ、口を使えないのか。


「すまん。口縛ってたな……」


 そりゃあ喋れないわけだ。

 俺の言葉が煽りに聞こえてしまったようで、目を開けた少女はギロッと俺を睨んだ。


「わざとじゃないぞ。忘れてたんだよ」

「……フンッ」


 少女は鼻を鳴らして抗議した。


「口を縛るのは仕方ないだろ? お前、自分の舌を噛もうとするんだから」


 そうなのだ。

 昨夜、屋敷に運び込んだあとも、目が覚めた瞬間に自分の舌を噛もうとし始めて騒ぎになった。

 頼むから屋敷の中で死のうとするのはやめて欲しい。

 情報が抜けないだけでなく、死人が出ると事後処理で色々と面倒なことになる。


「自分で舌を噛もうとしないって約束してくれるなら、その猿轡(さるぐつわ)を外してやるぞ」


 少女は苛立たし気に目を細めた。

 しばらく俺を睨みつけて反抗的な態度を維持する。

 しかし俺が持ってきた食事の匂いにつられたのか、やがて小さく「きゅ~~~」という可愛らしい腹の音を鳴らした。

 

「~~~~~っ!?」


 だいぶ恥ずかしかったようで、

 顔を真っ赤に染め上げて涙目になっている。

 

 なんだろう。

 この小動物を見ているような気持ちは。


 後ろに控えていたシルヴィアと護衛の男も苦笑いを浮かべている。


「外してやってくれ」


 護衛に猿轡を外させたあと、

 少女は羞恥に顔を歪めたまま、

 黙々と用意された食事に手を付けるのだった。


 だいぶ腹が減っていたのか、

 少女は一口食べると夢中で飯を掻き込んだ。

 

 た~んとお食べ。

 もっとあるぞ。


 うめっ! うめっ!


「猿轡は外しておいてやるよ。話はまた後で聞きに来る。間違っても自害しようなんて考えるなよ? いいな?」


 食事に夢中で聞こえているかはわからない。

 でも、なんとなく一生懸命に飯を平らげようとする少女は、もう自分で死のうとはしない気がした。



 

 少女の監視を警備兵に任せて、離れから一時撤収した俺は、いよいよ王宮へ向かう時間になる。

 王宮に連れていけないシルヴィアはまたお留守番。

 栄養補給とか言って俺に抱き着いてくるシルヴィアをあしらって屋敷を出た。

 

 王宮に着くと、ついに俺は顔パスで客間まで通されるようになっていた。

 これまでは警備兵に家紋を見せるだの、面倒くさい口上を述べるだのしていたのだが。

 正式にラインとの婚約を発表したからか、馬車を降りた瞬間にはもう畏まった警備兵が俺に恭しく一礼した。

 そのまま客間に案内されて、その客間には淹れたての紅茶と無駄に高そうな菓子まで用意されている。


 もう完全にVIP待遇だ。


「お待たせベルベット。待たせてしまってすまない」

「お気になさらないでください。こちらはとても良い紅茶を楽しませていただいていましたから」

「気に入ってもらえたかな? 先日、東の国から仕入れた茶葉なんだ」

「へぇ、東の……。苦味が強いですが、とても落ち着く味わいで癖になってしまいそうです」

「……! そ、そうでしょ! 私もすっごいお気に入りなんだ!」


 俺の感想がお気に召したのか、目を輝かせたラインがいつもより砕けた口調で嬉しそうに言った。

 男子と言うより、女児みが凄い。

 

 素のラインってこんなに子供っぽいのか。

 

 だいぶ意外な一面だ。


 ところで、紅茶の味は本当に美味かった。

 見た目はダージリンみたいなスタンダードな紅茶の見た目なのだけど、味はなんと日本茶に似ている。

 まろやかな苦みがどこか懐かしく、俺の舌にはドンピシャな味だ。

 

 あとでちょっと茶葉を分けて貰えないだろうか……。

 マジで欲しい。


「あ、す、すまない。つい興奮して……。その紅茶、私は好きなのだが、どうも私以外の人間には不評でな……」


 不評なのかよ。

 よく婚約者に飲ませたなお前……。


 まあ、俺の口に合わなかったとしても、珍しい茶葉として話のタネにはなるか。


「たしかに、この国の紅茶とはかなり違いますからね。慣れない味に戸惑う人も多いのでしょう」

「ああ。たぶんそうなんだろうね」


 そんな感じで普段の近況報告とは違う雑談に興じた俺たちは、やがて普段の食事の好みへ話題が移る。

 シルヴィア曰く、俺は貴族にしては庶民派な食事の趣味らしいが、なんとラインも同じだったようだ。

 好きな食べ物の話で意気投合して、普通に雑談を楽しめてしまった。

 

「本当に驚いた。まさかベルベットと私の食事の趣味がこんなに合うなんて……」

「そうですね。わたくしも普段は身近な人から変わっていると言われていたので、驚きました」


 どうしよう。

 なんで普通に良い感じのデートの雰囲気になってんだよ。

 

 後ろに控えているラインの使用人なぞは、あまりに良い雰囲気の俺たちを見て目を輝かせてしまっている。

 たぶん、俺の後ろにいるメイドも同じ顔をしているんだろう。


 使用人同士の会話はないが、

 

 ウチらのご主人様めっちゃ良い感じじゃ~ん!

 ねぇ~~! マジ良い感じぃ!

 

 みたいなアイコンタクトを送り合っているのだろう。

 勘弁してくれ。

 

「趣味と言えば、ベルベット」

「はい、なんでしょう?」

「実は今日はある物を用意していてね。……リーチェ、あれを」


 ラインの使用人はリーチェさんと言うらしい。

 彼女は、ささっと楽器が入っていそうな箱をラインに差し出した。


 今、どっから出したんだよ……。


「私は趣味でヴァイオリンをやっていてね」

「あら、もしかして弾いて聞かせてくださるのですか?」

「ああ。もちろん。でも、ただ私が演奏だけでは君がつまらないかもしれないと思ってね。ほら、あれを見て」


 ラインが指差した方にピアノがある。

 たぶん平民の家が十個くらい建つ最高級のグランドピアノ。

 

「ベルベットはピアノを嗜んでいると話してくれたことがあっただろう? 君と、デュエットができないかと思ったんだけど、どうかな?」


 ほほう。

 そう来ましたか。

 なるほどなるほど。


 もしかして、これがシルヴィアの言っていたマウンティングって奴?


 演奏バトルで、


 俺の美技に酔いなぁ!

 君、まだまだだね!

 

 って展開に持っていくつもりか?


 良いでしょう。

 受けて立ちますよ。


「ふふ。わたくしもピアノの練習には力を入れていますのよ」

 

 そして——俺は全力を尽くした。


 もともとは母から強制的にやらされるようになった淑女教育の一環としてピアノを始めた俺だったが、現在は殆ど趣味として練習を続けている。

 ちなみに家庭教師は、いつの間にか俺の側からいなくなっていた。


「ベルベット様は、もう少し相手のレベルに合わせることを覚えた方がいいです」


 家庭教師が消えた日、シルヴィアからはそんなことを言われた。

 

 なんで生徒が家庭教師にレベルを合わせるんだよ!


 まあ、そんなわけで、

 それ以来俺は自分で気に入った楽譜を購入して、自己満足のために新しい曲を練習するのが常である。

 

 これまではシルヴィアや家族に聞かせるだけだったが、たまには他の人に聞いて貰うのも良いだろう。

 そんな気持ちで俺は気合を入れて演奏を始めた。

 

 しかし、どうやら気合を入れ過ぎたらしい。


「くっ……す、すまないベルベット。どうやら私では、まだ君と演奏するにはレベルに差がありすぎたようだ……。もっと精進して出直すよ」

 

 涙目で語るラインをリーチェさんとウチのメイドが痛まし気に見つめていた。


 その後もラインは酷く落ち込んだ様子で、その日の茶会は微妙な空気のまま終わった。

 どうやら、俺の方が彼にマウンティングをする結果になってしまったようだ。

 

 なんか、ゴメンじゃん。


 


 その後、帰宅した俺は屋敷で夕食を取り、その後はまた捕えた少女の様子を見に離れへ向かった。

 しかし、少女は牢の中に用意された柔らかいベッドの魔力に取りつかれてしまったのか、それはもう快適そうな顔で熟睡していた。

 

 仕方なく俺は牢から引き返し、

 情報収集はまた翌日となった。


 その後は庭で軽く剣を振ってみたり、本を読んでみたり。


 そんな感じで、俺の忙しい一日は幕を閉じるのだった。

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