07. 王と殿下
◆ ライン
ベルベットとの婚約発表を終えた私は、
父上の執務室に呼び出されていた。
「ご苦労だったなライン」
父上としても満足できる会になったようで、珍しくわかりやすい笑みを浮かべている。
「ありがとうございます」
そう言って一礼する私を見て父上は苦笑した。
「今は二人だけだ。そう畏まる必要はないぞ。もっと楽にしなさい。たまには普通の親子の会話もいいだろう。せっかく婚約という目出度いことを成した後なのだからなぁ」
「あ……はい」
返事をしたものの、
楽にしろと言われても困る。
父上とはいつも格式ばったやりとりばかりしているのだから。
普通の親子みたいな会話なんて、
一体いつからしてないかな?
そもそも前世を振り返ってみても、
私に普通な家庭の会話はわからない。
怒声と暴力の飛び交う家庭だったから。
そういう背景もあってか、
正直私からすると今まで通りの若干距離のある会話の方がやりやすい。
「しかし、あの小さかったラインが、もう十二歳か……。立派に婚約者と社交界デビューも果たして、父として余も鼻が高い」
「そこまで言っていただくほどでは……。まだまだ私なんてこれからですよ」
「ククッ。そう謙遜するでない。今日のお前は立派なものだった」
いっぱい褒めて貰えるのは素直に嬉しい。
でも、どう答えればいいんだろう。
こんな風に人から褒められることが少なかったから、上手い返しが見つからない。
ありがとうございます?
でも、それはさっき言ったし、
あまり嬉しそうではなかった。
え~~っと……。
「こっ、これからも、精進します!」
「ハッハッハッ! 堅い堅い!」
父上が口を大きく開けて笑った。
珍し過ぎる。
いつも表情を人に読ませないよう、
威厳ある王の顔を崩すことがないのに。
もしかすると、父上は本当に私の成長を喜んでくれているのかな……?
……そりゃあそうか。
普通の親子って、そういうものだもんね。
きっと。
あんまり慣れない温かな空気に、
私はソワソワしてしまいそうだった。
「して、ライン。ベルベットとの仲はどうなんだ?」
「えっ!? べ、ベルベットと、ですか? どう、と言われましても……」
油断していたら急に予想外なボールが飛んで来て焦る。
「なんだ? あまり良い関係にはなっていないのか?」
「なんと言いますか、まだ互いに距離を測りかねている状態ですね。まだまだ共に過ごした時間は短いですから」
「それもそうか……。しかし、今日は二人ともなかなか堂に入った振る舞いだったぞ。お前たち二人が貴族たちに有無を言わさぬ毅然とした態度で登場したときは、正直余も驚いたものだ」
父上は少し興奮気味に語った。
それだけ、貴族たちの反応は父から見ても良かったということだろう。
私はともかく、確かにベルベットは凄かった。
彼女が口を開いた瞬間、
そしてカーテシーをしたその時から、
もう会場中が彼女に釘付けだった。
傷顔に眼帯。
十二歳の少女にしては物々しい姿だが、
だからこそインパクトがある。
まずその顔に意識を持っていかれ、
やがて美しい金色の瞳に吸い込まれる。
もうそうなってしまえば彼女の掌の上だ。
彼女が喋るとその声に惹きつけられる。
そしていつの間にか、その言葉ひとつひとつに耳を傾けているのだ。
ああいうのをカリスマとでも言うのだろう。
本来なら婚約者として、彼女の才能を頼もしく思うべきなんだろう。
けれど、彼女の未来を知っている身としては、素直に感心できない。
あの人を魅了する力と、彼女が持つ魔眼の能力が組み合わさった時のことを考えると身の毛がよだつ。
彼女の右目に囚われたが最後、
骨の髄までしゃぶりつくす狂気に侵される。
その情景が、既に私には容易に想像できてしまった。
まだ彼女は成長して、その魅力と能力を伸ばす可能性を秘めているのだから末恐ろしい。
「ベルベットは公爵家の人間として家格をとやかく言われることはないと思っていたが、母親である公爵夫人からは癖の強い性格だと聞いていたから心配していたのだ。角の立つ振る舞いで不要な顰蹙を買う可能性もあろうかとな。だが、蓋を開けてみれば見事な英才ぶりだった。公爵夫人は随分と高い基準で娘を評価しているようだな」
いいえ、父上。
たぶん公爵夫人は正しいです……。
ベルベットは間違いなく曲者だから……。
「は、ははは。そうかもしれませんね」
一応笑って誤魔化した。
あまりベルベットの印象を下げて婚約取り消しになると、彼女を監視したい私としても困る。
「明日はゆっくりベルベットと過ごす予定なのだろう? どんなことを話すつもりなのだ?」
「どんなこと……そうですね。互いの近況報告でしょうか」
「…………それだけか?」
「はい」
父上が途端に顔を顰める。
何かマズいことを言ったかな?
「ライン、まさか業務連絡のような報告会をするつもりではあるまいな?」
「業務連絡というほど堅くはないですが……。茶会で顔を合わせた時は、互いに最近何をしているのか話すのが私とベルベットの常ですよ」
「はぁ……いかんぞライン。女と言うのは何も言わなくとも、そういう会話の節々から相手に不満を抱えていくものなのだ。もっと相手を楽しませる芸を見せる努力をせねば」
「え……芸、ですか?」
「ああ。余もリサンドラと婚約したばかりの頃は緊張して話すことにいっぱいいっぱいでなぁ。後々になって話がつまらなかっただのと文句を言われたものだ……」
「な、なるほど」
父上は遠い目で母上との過去を思い出していた。
色々と苦労したらしい。
前世の私は恋人なんて考える余裕もなかったらなぁ。
ベルベットって、もしかして私に密かに不満を募らせていたりする?
だとしたら怖いなぁ……。
恋愛云々は女性の立場になって考えてもわからないのがなんとも情けない。
「いいかライン、明日はベルベットに貴様の良いところを見せるのだ。嗜みとしてヴァイオリンを習っているだろう? ベルベットもピアノをやっていると公爵夫人から聞いている。たまには二人で演奏を楽しむなんていうのはどうだ?」
うむうむ。
我ながら良い考えかもしれん。
父上はそんなことをひとりごちていた。
ヴァイオリンかぁ……。
結構頑張って練習してるし、たしかに家庭教師と練習ばかりじゃなくて、たまには誰かに披露するの悪くないかも。
せっかく楽器をやるなら、やっぱり人に聞いてほしいよね。
そんなことを考えた私は、翌日ちょっとした後悔をすることになるのだった——。
◆ ベルベット
お披露目会を終えた日の夜。
あの後、ラインと翌日に会う約束をした俺は、一度フランネルの公爵邸へ帰宅していた。
お留守番していたシルヴィアは相当ひとりで暇をしていたらしい。
帰って来た俺の周りを猫みたいにウロチョロして構って欲しそうにしていた。
「今日はもう疲れた。さっさと寝る」
「え~~」
「え~~じゃない。使用人なら主人を労えよ」
「じゃあ、添い寝して子守り歌を歌いましょう」
「いらんいらん。ひとりでゆっくり寝かせてくれ」
「う~~~」
ガキかコイツは。
「もうお前もひとりで寝れるだろ?」
かつては過去のトラウマから夜になると情緒が不安定になっていたシルヴィアは、無理やり眠るために自作の睡眠薬を飲んでいた。
どう考えても体に悪い悪癖だし、
素人が作った睡眠薬なんぞ信用ならない。
俺は睡眠薬の存在に気づいた後、
彼女から薬を取り上げた。
背中の傷の治療中は、殆ど彼女が安心して眠りに着くまで俺が傍で見ていてやらないと落ち着かない様子だったが、今ではそんなこともなくなった。
何がきっかけかはわからないが、彼女もトラウマを少しずつ克服したようだ。
「久しぶりに睡眠薬が欲しい気分です」
「やめなさい」
唇をとんがらせてわかりやすく拗ねる。
「めんどくせぇなぁ。わかったよ。じゃあ今日は一緒に寝てやるから、早くお前も寝間着に着替えてこい」
パァッと顔を明るくしてビューンと飛んでいく。
俺が女で良かったな。
お前、主人が男ならもう百回以上は襲われてるぞ。
シルヴィアが来るまで自室のソファで寛いで待つ。
読みかけの本でも読もうかと思ったところで——俺は、違和感に気づいた。
「……っ」
人の気配。
屋敷の人間じゃない。
明らかに俺を監視するナニカが居る。
フールーのような完璧な隠密ではない。
素人ではないが、
人の温度を消しきれていない。
フールーで慣れてなければ、
俺も気づけなかったかもしれないな。
しかし、どこから入り込んだ?
俺が社交界へ出ている間、
護衛をいくらか連れて行っていた。
屋敷の警備が手薄な時間を狙われたか?
考えながらも、俺は警戒心を強める。
だが、それは表に出さない。
何も気づかず、本を読んでいるふりを続けた。
どこだ。
どこにいる。
意識を研ぎ澄ませて、監視の呼気を探す。
ああ、なるほど。
そこね。
気配を見つけた俺は、さり気なく眼帯を外し臨戦態勢に入った。




