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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第二章

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06. 居ない人間

 かったるい挨拶回りを済ませると、

 母は満面の笑みで俺の頭を撫でた。

 

「よくやったわベルベット。やっぱりアナタはできる子よ」

「ああ、はい。ありがとうございます」

「褒められたら素直に喜びなさい」

「えぇ……」


 今さらこんなことで褒められてもなぁ。

 素直に喜ぶ子供を可愛がりたい親心もわからんでもないが……。

 

「もう……。でも、そういう素直じゃないところはわたくしに似たのね」

 

 ちょっとショボンとした顔になる母。

 子供の頃に今しがた自分が言ったのと同じようなことを、誰かに言われた記憶があるのだろうか。


 そんな悲しそうな顔されたら見てられんよ……。


「わ、わ〜〜、もっと褒めてほしいなぁ!」

「……!? そう? そうよね。やっぱり褒められると嬉しいものよね」


 ほっぺたモチモチ。

 撫でり撫でり。


 ああ、やっぱりやめときゃ良かった。


 母は大変満足そうにしている。

 まだ二十代前半と言われてもわからない愛嬌たっぷりの笑顔である。


 もう()()も子供を産んでいるはずなのに若々しいものだ。


 普段はムスッとした顔をしているからギャップが凄い。

 父は母のこういうところにズキュンと来たんだろう。


「お母ひゃま、そろそろ離ひてくだひゃい」


 頬をぐにぐにと撫でくり回すもんだから、こっちはゲッソリさせられた。


「あ、あら。ごめんない」

「ふぅ……。それで、今日このあとは?」

「わたくしは屋敷に戻ります。明日の朝には領地へ一足先に帰らなければなりませんから」

「良いなぁ。俺もルシアンと早く会いたい」

「アナタはもうしばらく王都に残って殿下と親睦を深めなさい。そのために今回は使用人も多く連れてきているのだから」

「うぇ……」


 ルシアンというのは俺の弟だ。

 まだ一歳になったばかり。

 カースナー家待望の跡取り息子である。

 俺以来なかなか子宝に恵まれなかったようだが、

 めでたく第二子が生まれて使用人含め公爵家の人間はそろって安堵した。


 俺もそうだ。

 いずれ公爵家から出奔することも視野に入れている身としては、俺が抜けた後も問題なく家督が守られる状態になることは喜ばしい。

 生家が自代で潰えると言うのはあまりに寂しいものだ。

 まあ、公爵家ならいざとなれば優秀な養子をもらうとかいくらでも軌道修正はできるだろうが。


「ベルベット。アナタはいずれカースナー領を離れて王都で生活することになります。殿下と婚姻を結んだ後の話だけでなく、来年度からの貴族学園にしてもそうです。だから、今のうちから王都に慣れておきなさい」

 

 そう言って最後に優しく俺の髪を撫でた母の手は、いつもよりも優しかった。

 





 母が屋敷に戻った後。

 王宮の客室に残った俺はその場で軽く手を叩く。


「お呼びで?」


 どこかから、くぐもった声だけが聞こえてくる。

 フールーだ。

 姿は見せないが、近くに居ることはわかっていた。

 

 王宮まで潜り込めるってどんな隠密能力だよ。

 コイツ、俺にはただの谷の住人って名乗ってるけど、本当は絶対にもっと大物だろ。

 

「今日俺に話しかけてきた貴族の情報をいくらか(さぐ)ってほしい」

「家名は?」

「パドリック子爵家、ポートマン伯爵家、アリスター侯爵家。アリスターは後回しでも良い。話した感じからしてもあの当主はかなりやり手だ。情報を手に入れるのは難しいと思う」

「ほぉ……」


 若干不満ありそうな声。

 情報を手に入れるのは難しいってのはフールーからしたらプライドに障る言い方だったか?


「可能だったら最優先でやってもらえると助かる。あそこから情報が抜けりゃあ第二王子派の状況は筒抜けになる。報酬は弾むぞ」

「カカッ! 承知」


 フールーは難しい仕事の方がやり甲斐を感じて楽しめるタイプのようだ。

 お前、社畜適正あるよ。

 

「ああ、そうだ。ポートマンって家なら王国の裏社会では、まぁまぁ有名ですぜ」 

「何をしてるんだ?」

「奴隷の裏市を取り仕切ってるっつぅ話ですわ」

「は〜ん。ダールトンと面識がありそうだな」

「そりゃあズブズブですわな」

 

 なるほどねぇ。

 

「ならダールトンに話を聞いたらポートマン家の弱みとか一杯出てきたりすると思う?」

「無理でしょうな」

「やっぱりか」


 そもそも奴隷の裏市ってのは完全なブラックではなく、グレーなのだろう。

 かつてのダールトンとの一件からもわかることだが、ヴァルトハイム王国の奴隷法というのはまだまだ粗が多い。

 その隙を突いてあくどい商売をしてる奴らは少なくないのだ。


「裏市ってのは普通の奴隷商館と何が違うんだ?」

「そうですなぁ。まあ、一言でいうなら、戸籍が不鮮明な人間を取り扱ってるんでさぁ」

「はは〜ん」

 

 そりゃあ埃くさい話だ。

 叩けば叩くだけ色々飛び出してくるんだろう。


 生きているが、戸籍上ではこの国に存在しないことになっている人間。

 

 死んだことにされているのか、

 そもそも戸籍が登録されていないのか、

 あるいは、どこかから(さら)って身元がわからないことにしているのか。

 

 事情はそれぞれだろうが、

 たしかに表では売り買いできないはずだ。


 そして、仮にそれの奴隷がどこかの貴族の邸宅から発見されても「こんな奴は知らん」と言われてしまえばそれまで。

 そもそも()()()()()なのだから、役所が動いてもどうしようもない。


「何をしても……たとえ、殺しちまっても咎められないってわけだ」

「さぞ楽しんでいることでしょうなぁ……カカッ」


 不気味に笑うフールーに釣られて、

 俺の口角が上がった。


「ポートマンの方は俺がちょっかいを掛けてみよう」

「本気ですかい? 色々とヤベェ連中が絡んでるはずですが」

「いいじゃないか。そのヤバい連中ってのを屈服させて俺の手駒にするのも面白い。そうだろう?」

「カカカッ! 耳が痛いですなぁ」


 フールーは元々俺と敵対していた男だ。

 敵対と言っても、組織同士のぶつかり合いがあったわけではなくちょっとした小競り合いだが。

 一年ほど前、興味本位で初めてスラムへ足を踏み入れた俺を襲おうとしたのがフールーの一派だったのだ。

 襲いかかってきた数名の手足を粉砕してバイバイしたところで、ボスっぽい立ち位置だったフールーが出てきた。

 戦いの結果は話した通りだ。

 俺が勝って、屈服させたフールーをギルドの一員にスカウトした。


「いやぁ、また死合いたいですな」

「いつでも相手になってやるぞ。俺も、最近剣の練習相手がいなくなってな」

「参りやしたね。オイラにあの鬼士公(きしこう)エルガーの代わりは務まりやせんぜ」

「あいつ、そんな渾名(あだな)あったんだ」

「かつては王国屈指と名高い騎士でしたからなぁ。隠居して、まさかお嬢みたいな怪物を育ててるとは知りやせんでしたが」

「誰が怪物だよ。可愛い女の子に失礼だろが」

「……カカッ」


 おい、冷笑するな。


「さて、そいじゃあ、オイラはお暇なしますぜ。長話は良くねぇ」

「だな。それじゃあ仕事の方は任せたぞ」

「承知しやした」

 

 ぬぅっと近くにあった気配が消えていく。

 煙のような奴だ。


「にしてもフールーのやつ、どこに隠れてたんだ?」


 俺は少しの間、部屋の中の隠れられそうな場所を探索して回るのだった。

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