05. お披露目
俺とラインの婚約を公表するパーティーの当日。
俺は舞台袖に突っ立っていた。
既に会場には多くの貴族が集まっている。
だが、ラインがまだ来ない。
ヒーローは遅れてやってくるってか?
どこの世界も様式美は似るもんだ。
「チッ……」
俺はゴテゴテしたドレスを着せられて、
その落ち着かない着心地に苛立っていた。
重いし、歩きづらい。
思わず舌打ちが漏れた。
こんなんで急な事件とかあったらどうすんだ?
襲撃されるとか、
厨房で火事になるとか、
災害で避難することになるとか。
色々可能性はあるだろ。
これじゃ走るだけでも一苦労じゃねぇか。
「あらあら、どうされました?」
アンリエットから苦言があった。
一聞すると俺を心配した言葉だが、
俺にはその真意がわかる。
今日はちゃんとしろって言いたいんだろ?
「わかってるよ」
「会場には奥様もいらっしゃいますから、お嬢様の素晴らしい晴れ姿で喜ばせて差し上げてください」
訳:変な事したら後が怖いですよ。
「……わかってるって」
ご主人様を脅すんじゃねぇよ。
ったく、コイツの教育のせいでシルヴィアも最近は俺に厳しくなってる。
昔はあんなに従順だったのに。
いや……そうでもないか?
シルヴィアと言えば、今日の彼女は俺の側にいない。
社交界に奴隷を連れてくることは許されていないからだ。
品位がどうこうとか、そんな下らん理由。
忘れそうになることがあるけど、
シルヴィアは戸籍上まだ奴隷という立場にある。
奴隷から普通の平民に戻るには、
色々と面倒な手続きが必要だったりするのだ。
持ち主と奴隷間の口約だけでどうこうなる話ではない。
私生活では戸籍上奴隷になっていようがシルヴィアに不便はなく、公爵家としても取り急ぎ対応する必要性のない案件なのでズルズルと対応が遅れている。
いずれ奴隷ではなく平民とし、
正式に俺個人で雇う予定だ。
ただ、今はまだ公爵家の奴隷としておいた方が俺としても都合が良い。
シルヴィアにとっての隠れ蓑になるから。
「お待たせ。ベルベット」
ほら、一番シルヴィアの存在を隠したい奴が来た。
「お久しぶりです、ライン殿下。待ってなどいませんよ。こちらも今しがた準備を終えたところです」
「そうでしたか……いや、そうだったか。……えっと、ベルベット、良く似合っていますね……いるな?」
ラインの覚束ない喋り方に内心で苦笑する。
おいおい大丈夫かよ?
ガチゴチに緊張してるじゃねぇか。
「ありがとうございます。ライン殿下も、よくお似合いですよ」
棒読みの褒め言葉。
別に嘘をついているわけではない。
ラインの正装はよく似合っている。
流石はイケメン様だよ。
嫌味なくらいカッコいい。
普通の女子ならキャーキャー言ってるんじゃねぇの?
俺はコイツのこと苦手だから、
そんなことにはならないけど。
ラインは出会った頃からイマイチ何を考えているのかわからない。
知り合って二年近く経つ今でも、
彼という人物は謎のヴェールに包まれている。
まあ知り合って二年と言っても、
顔を合わせたのは十回にも満たない回数だが。
俺は普段カースナー領に居るし、
ラインも王宮で生活している。
定期的に顔を合わせるために俺が王都に来ていたが、それでも一時間かそこらの茶会をして解散。
通算したら二十四時間も一緒に過ごしてない。
政略結婚に週一のラブラブデートは必要ないってことだ。
俺としては有難い話である。
そんなことだから、まだまだ互いのことは知らない。
と、思いきや、
相手は何故か一方的にこちらの情報を握っていたりするのだから油断ならない。
シルヴィアの本名を知っていたり、
他にも変な探りを入れてくることがある。
正直、得体の知れなさが怖い相手だ。
「ベルベットは、落ち着いているね……こういう人前で緊張とかしないの?」
ラインは俺に敬語を使わなくなった。
前はカースナー公爵令嬢とか長ったらしい呼び方をされていたけど、今はそれもやめたらしい。
正式な婚約者となる都合、
彼は俺にかしこまるのを止めたいのだろう。
今日、この会場にいる貴族たちへ、
王族である威厳を示すためにも。
本人は敬語の方がやりやすそうだけど。
「何に緊張するんですか?」
「何にって……。こう、大勢の前で話すのって、それだけで緊張しない?」
なんて王族に向いていない性格なんだ……。
こんなんで王位継承権第一位とか、大丈夫か?
「わたくしはあまり緊張などはありませんね」
「そうなんだ……」
仲間を見つけられず残念がる顔。
わかりやすいにも程がある。
得体のしれない彼の思想や情報網とは裏腹に、
ラインは表情を繕う技術はゴミだ。
ちょっと心配になるくらいわかりやすい。
ついうっかり、真面目なアドバイスなんてしてしまうくらい。
「仮面を被れば良いのですよ。本当の自分をさらけ出すのではなく、ライン殿下が思う理想の第一王子を演じるのです」
「理想の第一王子を、演じる……」
「慣れれば演じている間は自分の感情も切り離せるようになります」
現代日本で社畜しているとそういう技術が身に着くこともある。
かつての俺はサービス業を長くやってたから特にそうだった。
お客様対応をするロボットになりきるのだ。
オキャクサマ、ハ、カミサマ。
オキャクサマ、バンザイ!
ロウドウ、ハ、サイコウ!
あ、なんか思い出したら気分悪くなってきた……。
それから少しした頃に、舞台の幕が上がる。
舞台の上で陛下から「今日は集まってもらった皆に見てもらいたいものがある」的なお決まりの口上から始まり、やがて俺たちに合図が送られてくる。
「さぁ、行こうベルベット。ようやく私たちの出番だ」
ラインが自然な所作で腕を組んできた。
そのまま、流れるようにエスコートされる。
おいおい、全然緊張してないじゃねぇか。
さっきのは嘘かよ。
この女たらしめが。
と、思ったら、
ちょっと手が震えてる。
う~ん、初々しい。
「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。本日は私、ライン・ヴァルトハイムの婚約者を皆様に紹介させていただきたく思います!」
ハキハキとした挨拶を終え、
ラインが俺に目配せをした。
ラインが理想の第一王子を演じるのならば、俺が演じるのは『理想の支配者』だ。
さあ、俺を見ろ。
「この度、ライン第一王子殿下の寵愛を賜りました、ベルベット・カースナーと申します。みなさま、以後、お見知りおきを」
小慣れてきたカーテシーをする。
俺の姿を見た貴族たちの反応は笑えるくらい全員が同じだった。
ごくりと、息を吞む。
会場を静寂が支配していた。




