03. ギルド
エルガーと別れた後。
再び俺は馬車に揺られて王都を目指した。
「寂しそうですね。ベルベット様」
「はぁ? なんのことだ?」
「強がらなくとも良いんですよ。ベルベット様はエルガーさんと仲が良かったですからね」
「別にぃ~。普通に稽古の相手としてちょうど良かっただけだけど?」
あ~、うざい。
シルヴィアさん、にっこにこだよ。
「私が内緒にしていたことを怒っているんですか?」
「怒ってない。……でも、ああいう話はもうちょっと事前にして欲しかったもんだよ。武人気質で湿っぽい話が苦手そうなエルガーはともかく、お前もアイツから事前に話を聞いていたなら教えてくれても良かっただろうが」
「大事な話だからこそ、エルガーさんが自分でお伝えしたいと思いまして。それに、お二人の絆に水を差す気はございませんので」
「ふんっ……何が絆だよ」
ちぇ~。
もっとエルガーと稽古したかったなぁ……。
エルガー本人の前ではカッコ悪いところを見せたくなくて淡白な別れになったが、俺は結局未練たらたらであった。
その日、王都に着くまで俺は不貞腐れたまま馬車に揺られるのだった。
これから大事な用がいろいろあるってのに。
どうにも気持ちが入らん。
そうしてボンヤリしている間に、俺は王都に辿り着いていた。
王都に到着した、その日の夜。
俺はひとり屋敷を抜け出して、とある場所を訪れていた。
突然だが、王都というのは三つの街で構成されている。
まず、王都における最も大きな街。
主に平民の生活圏である石畳の街『プラハ』。
平民の街とはいえ、その街の姿を見ても貧相だとか質素だとかいう言葉はまったく思い浮かばない。
街全体の道は石畳で綺麗に舗装され、
その上を歩く多くの人々で賑わう。
この国で最も人の出入りが激しい商業の街だ。
あと、平民の街と言いつつ貴族も普通に出入りする。
商業施設、公共施設の多くはプラハにあるからだ。
下級貴族などはプラハに家を建てるのが普通だし、
なんだったら上級貴族でもプラハに別邸を持っていたりする。
もちろん、平民よりも立地は良いが。
次に、王都の貴族、王族が暮らす街。
貴人の生活圏、白亜の街『フランネル』。
公爵家の別邸があるのはここ。
王都の中心にあるその街は、周囲を白亜の壁に覆われている。
白を基調とした色で統一された道、城壁、そして建造物が密集する外観の美しい場所だ。
貴族の家々や最高級の商店が点在している。
その最奥には王城が聳え立ち、王都の象徴として鎮座している。
最後に、王都の最下層の街。
あるいは、それは街というよりも、
処理場とでも行った方が正しいかもしれない。
忘れられた街、『灰の谷』。
この王国のスラム街だ。
小高い王都の外壁、プラハの外苑を囲う石壁のさらに外。
表の街では生きられない者の終着点である。
まあ、本来なら俺のような公爵令嬢には縁のない場所だろう。
本来ならば、な。
「お待ちしてましたぜ、お嬢」
「相変わらずクセェ街だなここは」
「カカッ! オイラの鼻はバカになってんで、もうわかりやせん」
ひょろひょろの体。
顔骨が浮き出た骸骨のような顔。
押せば倒れそうな立ち姿。
だが、見た目に反して油断できない強者の雰囲気。
エルガーのような強い武人が放つ、
敵を抑圧する空気感ではない。
野生の獣が持っているような、
獲物を狙う捕食者が内包する根源的な何かだ。
坊主頭の痩身——彼はフールーと名乗る谷の住民。
たぶん偽名。
「さぁさ。奥に入ってくださいや。お嬢がこんな場所を歩いてると、それだけで目立ってしゃーないです」
「擬態できるようにボロ服を着てきたんだがな」
「カカッ、見た目だけ繕っても意味なんてないですぜ? ここの人間はそんな花のような香りを身体から漂わせちゃいない。近くを通り過ぎただけで、この街の人間じゃないとわかりやす」
「……鼻はバカになってるんじゃなかったか?」
「女の匂いは別ですわな。それが男の本能ってやつでしょう」
「都合の良いこって」
「カカッ!」
独特な喉を鳴らす笑い声が夜の街に響く。
だが、それを迷惑そうにする者はない。
ここは、夜の街なのだから。
「にしても、本当にクセェ。帰ったら鼻うがいでもしたいところだな」
顔を隠すためもあって、
ボロ布で鼻と口元は覆っているのだが、
それでも貫通する臭気。
なんとなく、シルヴィアと出会った奴隷商館を思い出す。
ド深夜。
王都にある屋敷から抜け出した俺は、
こんな場所にどんな用があるのかと言えば、
「次からギルドの会合はプラハの中でやりてぇなぁ」
「万が一にも話が漏れちゃいけねぇって、この場所を選んだのはお嬢でしょうに」
「ウルセェなぁ。良いから早く案内しろよ」
「カカッ。承知」
フールーに先導され、俺は灰の谷の奥へと足を踏み入れた。
石畳などどこにもない。
地面は固く踏み固められた土と、所々で剝き出しの岩。
雨が降ればすぐに泥濘と化すだろう道を、ぼろをまとった影のような人々が無言で行き交う。
建物はどれも傾き、壁は煤とカビにまみれ、窓という窓には明かりすら漏れていない。
たまに明るい建物からは、酒を浴びる男たちの声がする。
安居酒屋ってところだろうか。
時折、路地裏から獣のようなうめき声や、争う気配が聞こえては消えた。
「ここだ」
フールーが立ち止まったのは、半ば崩れた石造りの地下への階段だった。
かつては倉庫か何かの施設だったらしい。
入口には見張りが二人、瘦せた男と片目をつぶれた女が立っている。
「お嬢様だ。通せ」
「へえ……本当に来たのかい」
女の方が見張りながら鼻を鳴らした。
フールーが肩をすくめて笑う。
階段を下りると、湿った空気とカビ臭が一層強くなった。
地下室は意外と広かった。
古い樽や壊れた机が並べられ、中央に粗末なテーブルが置かれている。
すでに五人の人間が待っていた。
全員が灰の谷の住人というわけではない。
たしかに外見だけ繕っても何かわかるものがある。
「お久しぶりです、ベルベット様。お早い到着ですな」
一番奥に座っていた豚のような男が口を開いた。
カースナー領で奴隷商館を営む男——ダールトンだ。
今は王都での仕事がちょうどあって、こっちに来ていたらしい。
今のダールトンは『ギルド』という俺が創った組織の幹部をしている。
創設者は俺だが、表の生活が忙しくて主だった指示を逐次飛ばせるわけではないため、あくまでも組織運営は殆どダールトンを中心とした幹部連中に任せてある。
色々任せた。
本当に、任せすぎた。
さて、ところでギルドって一体なんやねん?
という話だが、俺もよくわからん。
いつの間にか組織がデカくなっていて、そう呼ばれていた。
組織を最初に創ったのは確かに俺だ。
でも名前とかは何も考えていなかった。
こんな仰々しい会合だのなんだのが開かれる大きな組織を創る気もなかった。
最初は奴隷商館を営むダールトンを使って、優秀な奴隷を集めた俺専用の便利屋みたいなものを創らせたはずなのだ。
以前から話があった裏組織とやらの情報提供。
俺や公爵家に害がありそうな、きな臭い噂の収集。
俺に盾突くクソ野郎を陰でボコす代理業。
そんな感じのことをお願いするための小さな組織。
の、はずだった。
——ガタッ。
ダールトンの側に座っていた隻腕の屈強な男が立ち上がる。
ギルドの幹部の一人であるシグという男だ。
フールーとは違う威圧感のある武人。
元はダールトンが所持していた奴隷だったらしい。
彼は恭しく俺に一礼すると、
「では、総代。我々、暗殺者ギルドの定例報告をさせていただきます」
そして、ギルドの会合が始まった。
あのぉ~……。
なんでこうなったんだろうねぇ?




