28. 主従契約
王都での生活が始まって早くも二ヶ月。
あのあと、ラインから手紙が届いた。
『夜の帳が降り、琥珀色の月が天頂に輝く刻となっても、私の胸の内に吹き荒れる甘美な嵐は、いっこうに収まる気配を見せません。先日の麗らかなる午後のひととき、貴女様と初めて言葉を交わすという至上の栄誉に浴しましたこと、私は今なお、甘やかな夢現の境地を彷徨っております——』
冒頭から始まるクソ長いポエムに脳を焼かれた。
途中で破り捨てようかと思ったが、頑張って最後まで読み切った俺を褒めて欲しい。
要約すると、
会えて嬉しかったです。
また顔が見たいです。
先日の無礼のお詫びもさせてください。
と、いうことだった。
王族というのは手紙ひとつ送る度にあんな装飾華美な文章を毎回書いているんだろうか。
大変なもんだ。
とか思っていたが、俺の方も手早く書いた返信を送ろうとしたところでアンリエットのチェックが入り大量の赤ペンを入れられた。
というか、俺の原文が抹消され、アンリエットが書き直し赤字だけになった手紙が再生成された。
もう手紙は全部お前が書いてくれ。
俺にはあんな文章を考えるのは無理だ……。
ビジネス文書なら頑張って書けるけど、ポエムを創るの才能はないんだよ。
ラインはこちらを焦らす気はないのか、『完治するまで、しばらくアンタと会う気はないよ~ん』という意図の手紙を送り返しても特に文句は返ってこなかった。
そんなわけで、私は変わらず王都で療養生活を送っていたわけだが——。
「はぁ~~~。まさかちょっとした挨拶に出るだけのつもりが、三ヶ月近くもカースナー領から離れることになるとはなぁ。いい加減に、自分の家が恋しくなってきたわ」
空がすっかり青く染まった気持ちの良い朝。
公爵邸の庭で木剣を振りながら愚痴を漏らす。
まだ以前と同じように激しく動き回ることは難しいが、身体を軽く動かせるくらいには怪我が治った。
折れた肩の骨もくっついている。
やっぱりこの体、だいぶ傷の治りが早い。
三角巾も取れて、今は剣を振るくらいはできる。
体を運動に慣らすリハビリ期間だ。
「迷惑を掛けて、すみま……」
隣で見ていたシルヴィアが申し訳なさそうに眉尻を落としていた。
しかし、謝罪の言葉は最後まで続かない。
謝ることは俺が禁止したからだ。
シルヴィアは表向き、俺と一緒に誘拐されて、山中で遭難生活をしていたことになっている。
そして、不運にも居合わせてしまった怪獣の攻撃から俺を庇って大怪我をした。
そういう筋書きだ。
周囲から見れば、彼女が俺に謝ることはおかしく見えてしまう。
「ふんっ。お前はひとりで勝手に溜め込む癖をやめろ」
「……はい」
具体的なことは言わず、彼女にだけ伝わるように答える。
もう何度となく繰り返したやりとりだ。
二人きりの時間にガッツリ説教と話し合いもした。
——あれは、シルヴィアの傷がようやく癒えてきた頃のことだ。
シルヴィアが療養する公爵邸の寝室。
「シルヴィア。話し合いの続きをしよう」
彼女の傷が癒えた頃合いを見て、俺はそう切り出した。
「……あの日の、続き、ですよね?」
「ああ。これから、お前はどうしたい? 俺にどうして欲しい? 正直に聞かせてくれよ」
シルヴィアは恍けたり、誤魔化して逃げようとはしなかった。
すぐに答えは出てこなかったけれど、彼女は悩みながらも自分自身の言葉を探し、
「私は……もう大切な人と、お別れするのは嫌なんです。だから…………私と、一緒に居て欲しい。ベルベット、様と……一緒に、居たい、です。私が、死ぬまで」
最後は一言一言を絞り出すように、涙をこぼしながらも言い切った。
死ぬまでって……。
クッソ重いこと言ってくるじゃん……。
もはやプロポーズみたいなものでは?
さすがにそこまで言われると思っていなかったから、面食らう。
それでも俺は大真面目にシルヴィアの言葉を受け取った。
あの言葉を捻り出すまでに、シルヴィアがどれだけ悩み苦しんだのかはわからない。
だからこそ、彼女が出した答えを、俺はどんなものであろうと受け入れる覚悟を決めていた。
「わかった。お前がそれを願うなら、俺は死ぬまでお前をこき使ってやる。誰がなんというと、お前は俺の側付きとして生きて、そして死ね。シルヴィアがそれを望むなら、俺はお前とずっと居るから」
自分で言ってて恥ずかしくなる。
でも、赤裸々な言葉ってそういうものだよね。
かつて望んだものをすべて取りこぼした男への弔いだ。
いつか叶わなかった願いの代わりに、シルヴィアの望みを叶えたい。
そして、彼女に自由とわがままを教えるのだ。
「覚悟しろよシルヴィア。言っておくが俺は、世界一わがままな女になるぞ」
「はい……どこまでも、お供いたします」
そう。
俺は、シルヴィアの教師になるのだ。
自由とはなんたるか。
わがままとは如何にするものか。
俺はシルヴィアに手本を見せなくてはならない。
だからこそ、やはり俺は悪役ムーブをやめられない。
やめる気など、ない!
大団円と言えるほど綺麗なものではない。
それでも、俺は納得できる答えを見つけた。




