27. 大混乱
◆ ライン
悪役令嬢ベルベット・カースナー。
将来は十八歳という年齢にして王国の裏社会内部ですら加虐令嬢の名で恐れられる大罪人となる。
殺人は日常茶飯事。
国内最大規模の奴隷商会を裏から牛耳り、
大量の奴隷を法外な環境で飼育、
裏市で違法なオークションにかける。
さらに気に入った奴隷は自身で引き取り、玩具にする狂人ぶり。
だが、それすらも彼女の罪状の一部だ。
違法薬物の売買、
暗殺者ギルドの設立、
果ては第一王子の婚約者と言う立場を利用し、内部から国家転覆を企てていた。
原作において、彼女が処刑されるまでに被害に遭った人間の数は、間接的な被害を含めれば十万人以上に及ぶとされていた。
異常な加虐趣味で、特に女性を痛めつけることで性的欲求を満たす悪癖まである。
その最たる被害者が、ククルゥという奴隷だ。
銀糸の美しい髪を持つ女性で、
ベルベットの一番のお気に入り。
何年にも渡り身体を虐め、
犯しつかされた末に衰弱死した。
こうして頭の中で彼女の悪行を列挙しているだけでも鳥肌が立ってくる。
そんな彼女の原作では明かされていない十歳の姿は、いったいどれほど邪悪なものなのかと身構えていた。
——の、だが。
「あぁぁぁ。完全に対応を間違えたぁ……」
自室のベッドに転がり、顔を枕に押し当てる。
初めて現実の世界で見たベルベットの姿を一言で表すならば、熾烈。
その姿をみるだけで、火が燃え上がるようなオーラを幻視した。
血染めのような真紅の髪。
二次元の世界からそのまま出て来たような整った顔立ち。
しかし、その顔に深く刻まれた切り傷。
そして、右眼を覆う黒布の眼帯。
痛々しく包帯を巻かれる怪我人の姿であっても、つい圧倒されてしまった。
「っていうか、私が知っているベルベットの見た目と全然違う……」
本人のオーラもそうだが、私が動揺させられた一番の理由は彼女の外見が記憶にあるベルベット・カースナーと乖離していたことだ。
もちろん私が知っている学園入学時の成長した姿と、まだ幼い彼女の見た目が違う事は想定内だった。
しかし、それにしてもだ。
ベルベットはあんな物々しい眼帯を付けていない。
それに、顔に傷もない。
「あの顔の傷痕、消えるようなものには見えなかった……よね?」
今後、何かをきっかけに眼帯をしなくなり、顔の傷もなくなるのだろうか。
正直、なくなって欲しい。
だって、どう見ても今のベルベットのまま成長した方が原作の彼女より怖そうだもん……。
だが見た目に反し、
本当に、本当に不思議なことに、
ベルベットの人柄からは悪人らしさをあまり感じられなかった。
ちょっと気難しい女の子って感じだったよね……。
なんなんだろう、あの憎めない感じ。
彼女の裏の言葉を隠す気のない態度を思い出す。
刺々しい対応ではあったけど、あれは私が悪い。
だって、あんな怪我人の家に急に押し掛けてしまったのだから。
うっかり忘れることがあるけど、今の私は第一王子。
家に上がらせてくださいと言えば、そう簡単に相手は断れない。
その上で、私自身が望んでいるかどうかに関係なく、相手に相応のもてなしを強要することになる。
怪我を押して対応させる。
しかも約束もなく当日中に。
それでも表面上は丁寧な対応をしてもらえただけマシというものだ。
「初手から印象悪いよ……。今日の私のやり方は、ベルベットが相手じゃなくても怒る……」
ぐにゃぁぁぁ!
自分のやらかしを思い出し、私はまたベッドで悶絶した。
せっかく前世で女性だったことを活かし、女の子が喜びそうなイケメンっぽい表情や仕草の研究までして完璧な挨拶の練習をしたのに……。
まあ、あんまりベルベットには効果がなかったけど。
「ベルベットは性別問わず美形が大好きな超面食いのはずなんだけどなぁ」
ナルシストじみた発言になるけど、ライン・ヴァルトハイムは凄まじいイケメンだ。
当然と言えば当然のこと。
何せロマンスファンタジーのヒーローなのだから。
その美貌でベルベットさえも魅了し、彼女はラインに惚れ込んでいた。
私の計画では、初対面からベルベットの心をガッチリ掴み、彼女が悪行に手を染める前の段階から何某かの介入をするつもりだった。
上手くすれば性格そのものを矯正して、彼女を真っ当な女性として成長させることもできるんじゃないか——みたいなことを考えていたのに。
「いきなり嫌われちゃったら意味ないよ……」
うわぁぁぁん!
もうどうしたら良いんだよぉ!
しかも、それだけではない。
私は教会の噂を聞きつけ、ククルゥの存在を確信していた。
だというのに——。
「シルヴィアって、誰ぇ……」
原作にはいない人間の名前。
私は、わからないことだらけの現状にひたすら頭を抱える事となった。
◆
一方、公爵邸ではベルベットとシルヴィアの真剣な話し合いが繰り広げられていた。
「なぁ、シルヴィア。聞きたいことがあるんだが、お前とライン第一王子に何か関りがあったりするか?」
ベルベットの問いかけにシルヴィアは目をまん丸にして驚いた顔をする。
「あの、失礼ですが、ベルベット様はそのようなことが本当にありえるとお思いますか?」
「あったら俺は驚きのあまり逆立ちで邸内を一周することになる」
「斬新な驚き方ですね……。肩の傷に障りますから、絶対にやめてください」
「つまり、関係あるということか?」
「いえ、ないですけども……。というか、ベルベット様も知っての通り、私は奴隷として檻の中で生活していたんですよ? 王子様と関わる機会なんてあるわけないじゃないですか」
「奴隷になる前に、実は関わりがあったとかさぁ」
「ないです。あったら奴隷に堕ちていませんよ」
シルヴィアが珍しくベルベットに呆れた顔を見せた。
「まぁ、そうだよなぁ」
ベルベットは椅子に深く背を預けて悩まし気に溜息を吐く。
「でも、どういうわけかライン殿下はお前の名前を知っていたんだよ。たぶん、もう俺とお前と、限られた人間しかしらないはずの名前を」
「……え?」
「どういうことだと思う?」
ベルベットの問いにシルヴィアは困惑した顔で首を傾げる。
「それは…………どういう、ことでしょう?」
「そうなるよなぁ」
あっちもこっちも大混乱。
——なぜ王子はシルヴィアの名を知っていたのか。
答えのない問いを抱えたまま、二人は互いの顔を見合わせるのだった。




