26. はじめまして、ファッ●ュー!
俺の婚約者になりたいらしい王子様——ライン・ヴァルトハイムがやってきたのは昼食を食べ終えて少しした頃合いだった。
「はじめまして、ベルベット公爵令嬢。私の名はライン・ヴァルトハイム。この度はアナタのご無事と回復を祝い、見舞いの品をお渡ししたく参上しました」
煌びやか金髪碧眼。
俺より頭一個分背が高い。
瘦せ型でシュッとしたシルエット。
超絶美少年がそこにいた。
俺が普通の十歳のお嬢ちゃんなら、今の挨拶だけで婚約をオッケーしていただろう。
愛想十割増しのメロついた顔をしていたに違いあるまい。
だが、相手が悪かったな。
俺にイケメン属性の精神攻撃は効かないんだ。
「ライン殿下、お気遣い痛み入りますわ。遅ればせながら、ご挨拶を。お初にお目にかかります。わたくしの名はベルベット・カースナー。カースナー公爵家の長女にございます。本日はご覧の通り片腕が使えませんので、失礼ながら略式の礼にて失礼します」
片手でスカートをつまんで簡易版のカーテシーをする。
動けるようになったとはいえ、
俺の左肩はまだまだ折れたままだ。
肩に負担をかけないよう左腕は三角巾で吊るされている。
ラインはそんな俺の姿を見て驚いた顔のまま石化したように固まっていた。
あれ?
俺、眼帯付けてるよな?
つい右目に触って確認してしまう。
大丈夫。
ちゃんと付いてる。
「あの、ライン殿下? わたくしに何かおかしなところが……?」
「……ハッ!? い、いえ! あの! えっと……!」
すんごい焦っている。
なんだよ?
マジで変なことしたか俺?
さっきの挨拶も問題なかったよな……?
あまり真剣にやらなかったとはいえ、最低限の礼儀作法なら分かっているつもりで居た。
やっぱ王族相手のガチの作法は、家庭教師からちゃんと習っておかないとアカンかったか?
「し、失礼しました。カースナー公爵令嬢のお姿が想像と違って……じゃなくて! えぇっと……」
あ〜〜〜なるほど。
婚約相手の公爵令嬢が、顔に傷のある眼帯女だとは思わなかった、的な?
こんな山猿じゃなくて、おしとやかで可憐な美少女を想像してました、的な?
おいおい坊っちゃん、
レディの扱いがなってねぇぜ。
僕ちゃんおへそ曲げちゃうよ~ん?
「大変申し訳ございません。先日の誘拐事件で怪我を負いまして。今のわたくしは顔も、体も、この有様なのです。見苦しい姿にご不快な思いをさせていますでしょうか?」
訳:こっちは怪我してる中で対応してやってんのに、失礼な考えが顔に出てるぞクソガキ。ファッ●ュー!
心の中指をフル勃起させてニッコリ笑顔。
ちなみに俺の側に控えている使用人——リリエも、ラインの態度にちょっとキレ気味である。
随分前、シルヴィアが初めて屋敷へ来た時に俺が泣かせてしまった使用人だ。
シルヴィアを虐めたんじゃないかと冤罪をかけて詰め寄ってしまった。
その後、罪悪感でちょいちょい気を使うようになってから妙に慕われている。
これぞマッチポンプである。
リリエは「オラのご主人様は山猿なんかでねぇだ!」と目を怒らせている。
でもゴメンな。
お前のご主人様は普通に山暮らしを満喫できる山猿女だよ。
こちらのヒリついた空気を瞬時に察したラインは、ハッとした顔になる。
「ちちちち、ちがっ! 違うんです! 私はてっきりアナタの怪我が治っていると勘違いしていて! まさか、まだそのように傷ついたお姿で出迎えさせるようなことになるとはっ!」
まだ出会って数十秒だが、
既に王子様の仮面が剥がれ始めている。
療養中の俺のもとへ当日に連絡を出して、半日後に押しかけて来た時点でぶっちゃけ印象は軽かった。
こういうのは事前に数日後の予定を伺い立ててやるもんだろうに。
しかも、俺の怪我が完治してるかどうかなんぞ、屋敷へ来る前に調べておくもんだろうが。
今の発言からして俺に対する気遣いが無いのも丸見えだ、このカス王子。
「そうでしたか。ああ……ですが、大変申し訳ございません。やはりまだわたくし、本調子ではないようでして……本日のところはこれでお暇させていただいても?」
訳:テメェの顔見てると気分悪いから部屋に戻るわ。
「はい……」
ラインはガクンと頭を垂れてるようにして頷いた。
それでもラインはまだ何か最後に言いたいことがあるのか、顔を上げて俺を強い意志の籠った目で見返している。
「あの。本日は誠に申し訳ございませんでした。不躾にお邪魔してしまいまして……。あの、最後にひとつだけよろしいでしょうか?」
「はい。なんでしょう?」
婚約の件で話でもあるのかと思っていたが、ラインの口から飛び出した内容は俺の予想を裏切った。
「失礼ながら、ベルベット様はククルゥという名の少女に心覚えはないでしょうか?」
「…………はい? 知りませんけど」
咄嗟に嘘を吐いてしまった。
だって意味不明すぎるだろ。
「……本当に?」
「はい。ところで、そのククルゥ様というのは殿下にとってどのような御方なのでしょう? 女性の名前とお見受けいしますが。もしや、何か特別なご関係が?」
訳:お前、婚約を申し込んでる相手に他の女との関係をチラつかせる気か?
さっきまでは的確に俺の言葉の裏を読んでいたラインだったが、今回は怯むことなく俺を見返した。
「特別と言えばそうかもしれません。私は、その少女を助けたいのです。彼女を虐げるものの手から……」
「それはそれは……。焼けてしまいますわねぇ」
コイツは何を言ってるんだ?
ククルゥを助けたい?
いったい何から?
ラインの目には微かに俺を敵視する色が見えた。
刺々しい、警戒の色も。
おいおい。
失礼ぶっかましてくる奴だとは思ったが、婚約を申し込む相手にその目付きは感心しないぜ王子様。
「残念ですが、ククルゥという名前に覚えはありません。よろしければ、特徴を教えていただいても?」
「珍しい銀色の髪の持ち主です」
「へぇ……銀髪。それはそれは、たしかに珍しい」
同性同名の人違い、
ということではなさそうだ。
何故、一国の王子が奴隷に堕ちた平民を気に掛けているんだ?
わからん。
「ライン殿下、申し訳ありません。やはりわたくしには心当たりはありませんわ」
「本当に?」
「ええ」
俺の返事を無視するように、ラインは周囲の使用人たちの顔を見回す。
リリエ、それからその隣のアンリエット。
最後に部屋の扉の前に立つオーガス。
だが、一様にククルゥと言う名に反応した様子は見られなかったのだろう。
リリエなどは表情を誤魔化す術に優れたアンリエットとオーガスとは違い、露骨に「ククルゥって誰やねん?」という顔をしている。
当然だ。
公爵家の人間でククルゥの名を知っているのは俺だけなのだから。
もしかすると、長く共に居るアンリエットは、シルヴィアのことで何かを察しているかもしれないが。
しかし彼女の表情からはその感情を読み取れはしない。
「実は、教会からはカースナー公爵家の使用人が教会に重体で運ばれてきたという話を聞きました。なんでも珍しい銀髪の少女だとか」
「その使用人はわたくしの側付きをしている者です。名はシルヴィア。たしかに珍しい髪色ですが、ライン殿下がお探しのククルゥ様とは別人ですよ」
「……シルヴィア?」
「はい。今はご存じの通りこの屋敷で療養中の身です。今は寝てると思いますが、どうしてもと言うのならシルヴィアと会ってみますか?」
正直シルヴィアとこの男を合わせるのは何か不安がある。
だが、下手に拒絶するよりこうして開けっ広げにしてしまった方が良い。
こういう疑り深い手合いはすぐに相手の裏を読みたがるのだから。
あとは勝手な憶測で警戒心を高めてくれるはずだ。
「……失礼しました。私の早とちりだったようです」
ほら見ろ。
ラインは俺の言葉の真偽に頭を悩ませ、困った顔をしている。
よほど確信があって来たんだろう。
俺のもとにククルゥが居ると。
そして、他の事を考えるのが疎かになるほど、焦っていたと見える。
「お気になさらないでください。他に何か聞きたいことはございませんか?」
「だ、大丈夫、です。あの、本日はすみませんでした。不躾に押し掛けてしまいまして」
「いいえ。こちらこそ、殿下をお出迎えするのにろくな準備も出来ず、お恥ずかしいですわ。次は是非、わたくしからライン殿下のもとへお伺いいたします」
いつになるか知らねぇけど。
こうして、ラインとの初めての面会は奇妙な謎を残したまま終わった。




