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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青


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25. ポタージュ

 シルヴィアが眠り続けること一月。

 ようやっとアイツが目を覚ました。


 教会の人間からは、このまま目を覚まさない可能性も高いと聞かされていた。

 それでもシルヴィアの見舞いに行かない理由はない。

 彼女は俺のために傷付いたのだから。


 毎日朝から晩まで見守った。

 いつ目を覚ますのかわからない。

 その兆候すら見えない。


 それでも彼女は目を覚ましてくれた。

 

 それから、三日。


「シルヴィア、今日の飯はどうだ?」

「美味しいですよ」

「そうか。よし次だ」


 シルヴィアが嚥下したのを確認して、すかさず次の一口を差し出す。

 シルヴィアは何故かちょっと困った顔をしながらそれを口にする。


「なんだ? もしかして、もう腹いっぱいになったか?」

「ん……ぃえ。なんというか、ベルベット様が、お母さんみたいで」

「お母さんだぁ? せめてお姉さんだろ。こちとらまだ十歳だぞ」

「すみません。あんまりにも面倒見が良いから……」

 

 目覚めたシルヴィアは教会から王都の公爵邸に引っ越した。

 まだ自分の力で起き上がれないシルヴィアの面倒は、使用人たちと俺で協力して見ている。

 最初は使用人たちに任せろと父に言い含められたものが、どうしてもシルヴィアの様子が気になって彼女の部屋に出入りする俺を見かねて食事の手伝いをさせてもらえるようになった。


 べ、別に俺がやりたくてやってるわけじゃないんだからね……。

 暇だから仕方なくだよ?


「しかし、本当に体に異常はないのか? 手足の痺れとか」

「はい。まだ立つことはできないですけど、軽く足を動かす分には特に問題ないですよ」

「そうか。でも、油断するなよ。こういう大きな怪我をした後遺症ってのは、後から急に出てきたりもするんだ。しっかり体を休めて経過観察をしろ」


 とは言いつつも、元気そうなシルヴィアに俺は内心ホッとしていた。

 

「それを言うならベルベット様もあまりウロウロせずに自室で療養した方が良いと思うのですけど」

「俺はベッドでダラダラしてるのが(しょう)に合わねぇんだよ」

「言っていることが滅茶苦茶です……。もう少し大人しくしていないと、他の使用人の方たちも苦労するんですよ? 今日は厨房に押しかけて、料理を作ろうとしたと聞きました。あまり無茶をして心配させないでください」

「ここの料理人は口で言ってもなかなか俺の意図を理解してくれないからな。やって見せた方が早いんだよ」


 突然だが、この世界の療養食は質が低い。

 というか、根本的な部分で療養食に対する考え方が間違えている。

 俺が目覚めてから最初に出された食事は、無駄に上質なステーキだった。

 当たり前だが長く固形物を口にしていなかった人間に脂の重いステーキなんぞ食わさたら腹を下す。

 下手したらリバースだ。

 しかしそれでも我慢して食べるのが身体に良いとされている。

 荒療治にも程があるだろうが。

 初めて説明を受けた時は頭を抱えさせられた。

 

 すぐに俺は料理長を呼びつけて、療養食がなんたるかを懇切丁寧に説得するハメになった。

 だが、長く常識として『療養食と言ったら滋養強壮効果の高い肉!』と信じてきたこの世界の住人に、俺の考えは異端過ぎたらしい。

 なかなか理解を示してはもらえなかった。

 仕方なく俺が厨房に乗り込んで料理を作ろうとしたところで、ようやっと渋々ながら俺が考案したメニューを作ってくれるようになった次第である。


 療養食と言ったらポタージュだ。

 本当はおかゆとか食べたいけど、

 今のところこの世界で米らしきものを見たことがないからたぶん無理。

 

 俺が芋をペースト状になるまでひたすら叩き潰せと言った時、料理長は「家畜の餌でも作らせる気かよ?」という顔をしていたが、「お前の頭をペーストにしてもいいんだぞ」と伝えると素直に言うことに従うようになった。


 なんちゃってヨーロッパな見た目な割にポタージュの概念がないことには驚かされたもんだ。

 

 それから、療養中のメニューはすべて俺が自分で考えて使用人に作らせている。

 口で言って通じないことは俺が実践して見せようとするのだが、その度に使用人たちが大騒ぎするから困ったものなのだ。


「でもアイツら、何だかんだ文句言うくせに俺が考えたメニューは美味い美味い言いながら食ってるじゃねぇか」

「あはは……美味しいのは間違いないので」


 ポタージュスープを飲み干したシルヴィアが、少しだけ血色の戻った顔で笑う。


 ——その時だった。

 

 俺の顔を見つめていたシルヴィアの表情が、少し曇った。

 彼女の視線が俺の顔、その傷に向いているのがわかる。


 一本線の深い切り傷の痕。

 あのクソ熊は、俺の顔に消えない傷痕を残していった。


「ベルベット様……その傷は、もう治らないのでしょうか?」

「たぶんな。まあ、仕方ない。命があっただけラッキーだ」


 魔眼の効力を上げるため、ベルベット・カースナーちゃん美少女化計画を企てていた俺としては非常に残念だが、顔に傷のある女というのもカッコ良くて良いじゃないか。

 可愛い女の子路線は諦めて、男装の麗人を目指しても良い。

 アプローチの仕方はいくらでもあるのだから。

 

 ——コンコン。

 

 その時、控えめなノックの音が部屋に響いた。

 

「お嬢様、よろしいでしょうか?」

「オーガスか。入れ」

 

 扉が開き、執事服のナイスミドル——オーガスが一礼して入室してきた。

 しかし、その顔にはいつもの余裕がなく、どこか緊張した面持ちだ。

 

「どうした? 何があった?」

「……旦那様からの伝言です。王宮より、使いの者が参りました」

「王宮から? ああ、俺が無事に見つかったことの報告でも受けて、今さら労いの言葉でも掛けに来たのか?」

「いえ、そうではございません。——ライン殿下です」

「ん? ライン……殿下?」

「ベルベットお嬢様のご無事と回復を祝し、ライン・ヴァルトハイム第一王子殿下が、直々にこの公爵邸へお見舞いに来られるとのことです。到着は、本日の昼時かと」

 

 ……マジかよ。

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