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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青


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24. 曇りのち晴れ

 ◆ シルヴィア


 フワフワと、漂うような感覚。

 私は、どこにいるんだろう?

 

 ベルベット様と山の中で生活をしていて、彼女と大切な話をしていたはず。

 それで……。


 ああ、そうだ。

 急に飛んできた大きな木からベルベット様を守ろうとして、怪我をしたんだった。

 もしかして、私ってもう死んだのかな?


 あ〜あ。

 なんか、呆気なかったなぁ。

 もっと沢山、色々なことをしてみたかったのに。


「色々なことって何?」


 急に声をかけられた。


「誰?」

「おはよう。シルヴィア」

「なんだ。ククルゥか」


 小さな少女がそこにいた。

 薄汚い襤褸(ぼろ)布を纏った奴隷。


 ずっと私の心に留まり続ける負の感情。

 何をどうしたら良いのかわからず、

 ただ持て余していた。

 

 自分と向き合うのは怖かった。

 それは過去を振り返るということだから。


 今が幸せならそれでいいじゃん。

 私はもう満たされた。

 ベルベット様の元で、

 新しい名前と居場所を与えられ、

 王都に居た頃よりずっといい生活ができてる。

 

 そうだよ。

 もう私は幸せになったんだ。

 これ以上、何を望むっていうんだ。

 

 

 ねぇ、シルヴィア。

 誰かに与えられただけのその幸せは、いつかアナタの手ではどうしようもない力によって簡単に壊れるものなんだよ。

 奴隷になったあの日に、思い知らされたことでしょ?

 平穏を享受するだけの日常なんてハリボテだよ。

 このままじゃ、いつかまた後悔する。

 私はそれが怖いの。


 

 うるさいなぁ。

 ククルゥは黙っててよ。

 ずっとずっと、アナタがわがままを言うから私が困ってるんだよ?

 怖い怖いってそればっかり。


 

 本当はわかってるくせに。

 ベルベットも言ってたじゃん。

 シルヴィアなんていない。

 アナタもククルゥなんだよ。

 怖がってるのはアナタも一緒。

 

 

 ベルベット()でしょ?

 助けてくれた恩人に敬称をつけることもできないの?

 失礼な子。



 ほら。

 そうやってすぐに話を()らして逃げようとする。

 もっとちゃんと自分のことを考えなきゃ。

 シルヴィアが自分と向き合うことから逃げようとするから、私が生まれたんだよ。

 もう過去のことを思い出したくない。

 今のことだけ考えていたい。

 嫌な思いから逃げて、悪いことを想像する自分を否定して。

 そうやって、シルヴィア自身がククルゥ(わたし)を創ったの。

 悪いものを全部押し付けるために。



 ……うるさい。

 もう死んだんだから。

 何もかもどうでもいいじゃない!

 


 ポツンとひとり。

 ただ膝を抱えて座る私の前に、もう少女はいなかった。

 

 酷いじゃないか。

 死んでまで自分と向き合わせようだなんて。

 天国っていうのは思っていたより快適な場所ではないのかもしれない。


「今さら自分の本心なんかと向き合って……それで、何になるって言うのさ」


 私はもう死んだのに。




 何時間も、何日も。

 どれだけ時が流れたかわからない。

 誰もいない真っ白な場所でぼんやりとし続けた。


 退屈だ。

 することがない。


 仕方ないから、昔のことを思い出す。

 それくらいしかすることがないから。


「たまにお父さんが連れて行ってくれた揚げ芋屋さん、美味しかったなぁ。でも、あのお店もう潰れちゃったんだよね。ああ、そうだ。あのお店やってたのってオルトンさんだったっけ?」


 随分昔のことを思い出す。

 カリカリに揚げられた芋の食感。

 しょっぱい味付けが癖になった。

 

 でも、オルトンの店が潰れて、それが食べられなくなると同時に記憶に蓋をして思い出さなくなった。

 思い出すと悲しくなるから。

 

 あれ?

 もしかして、私の人生初のトラウマって揚げ芋が食べられなくなったことなの?


 うわ〜、しょうもないなぁ。


 そう思ったら、色々バカらしくなってくる。

 

 それを皮切りに沢山のことを思い出す。


 お母さんの子守唄。

 耳心地が良くて大好きだった。

 でも、あと一曲くらいレパートリーがあるともっと嬉しかったかも。


 お父さんの大きな手。

 繋ぐと安心できた。

 でも力が強くてたまに痛かった。

 


 両親はとても仲が良かったけれど、

 父がオルトンの借金を肩代わりしてから喧嘩が増えた。

 

 父が借金を早く返そうと焦って、それまでの経営と違うことに挑戦した結果、失敗したんだとか。

 当時は両親の喧嘩の内容を理解できなかったけれど、公爵家で色々な勉強をするうちに後々わかるようになった。

 たぶん、オルトンに押し付けられた借金は、普通に実家の店を経営していれば返せないことはなかった。

 破綻したのは父が経営のテコ入れに失敗して、お店を大きく傾けたからだ。


 母も途中から父に怒ってばかりで、家の中の雰囲気が悪くなった。

 私と二人だけの時も、父の愚痴をこぼしていて、私はそれがとても嫌だった。

 母が父に何度も怒鳴っているのを、家の隅に座って見ていた。

 私の感情的になりやすい性格は母に似たのだろう。

 

 母がもっと父を献身的に支えられていれば、何かが違ったかもしれない。

 そして、そうなるように促すことをしなかった私にも責任がある。

 子供だったから、知恵がなかったから。

 そんなことは関係ない。

 子供ながらに私は家庭内の不和を察していて、それを見て見ぬふりで通してしまった。

 

 家族が奴隷に堕ちたのは、借金を押し付けたオルトンだけの責任じゃない。

 みんなが少しずつ悪かったんだと思う。


 あの檻の中で、心まで奴隷に堕ちていなければ。

 母や私を虐めようとする奴隷商から、父は必死に守ろうとしてくれた。

 守ろうとして、傷ついて、食事も私に譲ってばかりで。

 私がもう少し空腹を我慢していれば、

 父に守られてばかりじゃなくて、

 もっと自分で抵抗する力があれば。

 心の弱った母に縋るばかりでなく、

 私が支えてあげていられれば。

 

 何かが、違ったのかもしれない。


 誰かのせいにばかりせず、もっと自分の失敗を顧みることができていたら、私の人生はもう少し豊かになっていただろうか。

 こうして考えてみると、後悔ばかりの人生だ。


「でも、最後にベルベット様を守れたのは良かったかな」

 

 彼女に向かって大木が飛んでいくのが見えた時、私は自然と体が動いていた。

 あれは、私の人生における集大成と言えるかもしれない。


 迷惑ばかりかけてしまったけれど、

 あれで少しは恩を返せただろか。

 

 ベルベット様の笑った顔を思い出す。

 怒った顔を思い出す。

 たまに見せる寂しそうな顔を思い出す。


 王都に居た頃、パン屋さんと、その隣にあるお肉屋さんで買う腸詰めのお肉が好きだった。

 腸詰めをパンに挟んで、ソースをかけると絶品なんだ。

 カルメルの出店でお肉屋さんとパン屋さんが並んでいるのを見て、本当はそのことを思い出していた。

 あのときは楽しそうにするベルベット様を見るのがなんだか嫌で、冷たい態度をとってしまったけれど。


 二人で一緒に食べたら、ベルベット様はどんな反応をしてたかなぁ?

 

 私が想像していたお貴族様と違って、彼女は上品なものよりも、平民が好むような大味な食べ物を好んでいたりする。

 きっと喜んで食べただろう。


「もう一回、やり直せないかなぁ」


 もっと、ベルベット様の笑顔を見たかった。

 彼女と一緒に居たかった。


 助けてくれてありがとう。

 ずっと一緒に居てほしい。

 大好きだよ。


 言っておけば良かったなぁ。



 ——私はどうしたかったのか。

 ——彼女にどうして欲しかったのか。


「私は、ベルベット様と一緒に居たかった。ベルベット様が王都に行ったっていい。私が、彼女の隣に居られるのなら。それが叶わなくなってしまうなら、王都になんて行かないでほしい。全部捨ててでも、私と居てほしい。酷いわがままだけど、それが私の本心だ」


 やっと言えた。

 もう遅いけれど。



 何もかもが手遅れだ。

 

 それでも、私の心はようやく晴れた。




 強い光が差し込んでくる。

 フワフワしていた私の意識は、光に向かって昇って行った。


 嫌なことは沢山あった。

 それでも、結構悪くない人生だったと思う。




 


 ——眩しい。


 体が重い。

 久しぶりの感覚だ。

 ずっとフワフワしていたから。


 重たい瞼をこじ開けると、目の前にベルベット様が居た。


「あれ?」


 なんで彼女がいるんだろう?

 私って、死んだんじゃないの?


 ぼんやりしていたら、ベルベット様が私を見て目を見開いた。

 ポカンと口を開けて、クシャッと顔を歪める。

 それから、小さく笑った。


「お前、寝すぎだろ」


 震える声でそう言うと、

 彼女は私がいるベットに顔を埋める。

 それから、静かに嗚咽を漏らし続けた。


 よくわからない。

 でも、私はベルベット様の髪を撫でた。

 

 彼女が再び顔を上げるその時まで。


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