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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第十章|選ぶ場所

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第八話|選択

白い廊下の先に、二つの光が並んでいた。


ひとつは、懐かしい場所へ続く光。

家族がいて、職場があって、何気ない日々が流れていた世界。


もうひとつは、今ここに繋がる光。

ルシアンがいて、領地があって、アリシアとして積み重ねてきた時間がある世界。



どちらも温かかった。

どちらも苦しかった。

どちらにも、自分を待つ人がいた。


だからこそ、足が動かなかった。


「……」


アリシアは胸元へ手を当てる。


鼓動が速い。

怖かった。

どちらかを選ぶということは、どちらかに背を向けることのように思えたから。


けれど、白い光の中で聞いた声たちは、誰一人として選択を押しつけなかった。


帰って来い。

待っている。

ありがとう。

幸せになって。


そのどれもが、自分を縛る言葉ではなかった。

ただ、想ってくれている言葉だった。


「……私」


掠れた声が落ちる。


その瞬間、遠くで景色が揺れた。


現代の光の中には、病室が見えた。

母が椅子に座っている。

父は黙って窓の外を見ている。


弟たちは、いつものように少し不器用な顔でベッドの傍にいる。


さらにその向こうには、事務所があった。

年上が手帳を閉じる。


若手が自分の席を見つめている。

そこには、もう責めるような顔はなかった。


後悔と、感謝と、少しずつ前へ進もうとする意思があった。


「……」


反対側の光には、異世界が見える。


領地の街並み。

忙しく行き交う人々。

改革の途中にある机。

風に揺れる庭。


そして、ルシアン。

彼はただ、こちらを見ていた。


手を伸ばしているわけでもなく、引き止めているわけでもない。


けれど、その瞳には確かに願いがあった。


離したくない。

それでも、選ぶのはお前だ。


そう言われている気がした。


胸の奥が熱くなる。


「……ずるいわ」


小さく呟く。


誰も選べと言わない。

誰も責めない。

だからこそ、自分で選ばなければならない。


ずっと避けてきたことだった。


誰かのため。

現場のため。

家族のため。

領地のため。


そう言えば、自分の気持ちを後回しにできた。

けれど、もうそれはできない。


ここで必要なのは、誰かにとって正しい答えではない。

自分がどう生きたいかだった。


白い廊下に、静かな風が吹く。

アリシアはゆっくり目を閉じた。


思い浮かぶのは、たくさんの顔だった。


母。

父。

弟たち。


年上。

若手。


ルシアン。


そして、今までの自分。


無理をして笑っていた自分。

大丈夫だと言い続けた自分。

誰かに必要とされることで、自分の居場所を確かめようとしていた自分。


「……もう」


唇が震える。


「誰かに決めてもらうのは、やめる」


白い光が、静かに揺れた。


「私が、選ぶ」


その言葉を口にした瞬間。


二つの光が、いっそう強く輝いた。


現代へ続く光。

異世界へ続く光。


どちらを選んでも、失うものはある。


けれど、どちらを選んでも、残るものもある。


愛された記憶。

愛した記憶。

支えられたこと。

支えようとしたこと。


そのすべては、消えない。


アリシアは、ゆっくり息を吸う。


そして、自分の意思で、一歩を踏み出した。

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