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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第九章|残された側

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第六話|眠ったままの人

病院へ向かう車の中は、静かだった。

窓の外では、夜の灯りが流れていく。


赤信号。

コンビニの明かり。

仕事帰りの人影。

いつもの街。


なのに、どこか遠かった。


「……」


若手は、膝の上の紙袋を小さく握る。


中には、話題になっていた新作のお菓子が入っていた。


気付けば、手に取っていた。


あの人なら……。

たぶん、「気になってたんですよね」って笑ったと思う。


「……」


胸の奥が、少し痛む。


車の窓へ映る自分の顔は、思っていたより疲れて見えた。


「……」


病院へ着く頃には、空はすっかり暗くなっていた。


消毒液の匂い。

静かな廊下。

白い光。

遠くで聞こえる足音。


前にも来た場所。

なのに、今日は妙に足が重かった。


「……」


病室の前で、若手の足が止まる。


小さく息を飲む。

前回来た時は、正直まだ実感がなかった。


そのうち戻ってくる。

また普通に仕事する。


どこかで、そう思っていた。

でも今は違う。


「……入るね」


年上の女性が、静かに扉を開けた。


「……」


病室は、静かだった。


規則的な機械音だけが、小さく響いている。


ベッドの上。

あの人は、眠ったままだった。


「……」


若手の呼吸が、少し止まる。


前回も見たはずなのに、今日は違って見えた。


白い頬。

閉じられた目。

静かな寝息。

細い指先。


こんなに、小さかっただろうかと思う。


「……」


胸の奥が、じわりと苦しくなる。


「お母さん、さっきまで来てたみたいだね」


年上が、小さく言った。


ベッド横には、水差しと小さな花が置かれていた。


それから、几帳面な字で書かれたメモ。


“加湿器、夜お願いしました”


“弟たち、また明日来ます”


「……」


若手は、何も言えない。


家族が、毎日ここへ来ている。

当たり前のことなのに、急に現実味を帯びる。


「……」


若手は、そっと紙袋を抱え直した。


どう渡せばいいのか、わからなかった。

返事は返ってこない。


「……」


それでも、小さく息を吸う。


「……また、新作出てました」


掠れた声だった。


「これ、好きそうだなって」


「……」


返事はない。


当たり前なのに、胸が苦しかった。


「……」


若手は、そっと紙袋を棚へ置く。


視線を落としたまま、小さく呟く。


「……ちゃんと、渡したかったな」


「……」


年上は、静かに主人公の顔を見る。


それから、いつもみたいな声で言った。


「今日も現場、バタバタだったよ」


「○○さん、また確認抜けててさ」


「……」


若手が、少し目を見開く。


年上は、穏やかな顔のままだった。


「聞こえてるかもしれないからね」


静かな声だった。


「……」


若手は、あの人を見る。


眠ったまま。


でも、どこか表情が穏やかだった。

まるで、安心しているみたいに。


「……」


胸の奥が、小さく揺れる。


異世界で、ルシアンが、手を離さないようにしていることを、こちら側の誰も知らない。


それでも、どこかで繋がっているみたいに。


彼女の表情は、少しだけ柔らかかった。


「……」


若手は、ゆっくり唇を噛む。


それから、小さく声を落とした。


「……ごめんなさい」


掠れるほど小さな声だった。


届くかわからない。

それでも、初めて自分の言葉で謝った。


病室の窓の向こうでは、夜の街の灯りが静かに滲んでいた。


白いカーテンが、エアコンの風で小さく揺れる。


その静かな音だけが、病室へゆっくり流れていた。

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