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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第八章|選ばれる側の責任

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第五話|眠れない夜

雨は、夜更けになっても止まなかった。


窓を伝う雫が、灯りを滲ませている。


「……」


部屋の中は静かだった。


聞こえるのは、雨音と時折重なる、小さな呼吸だけ。


「……」


アリシアは、寝台へ浅く寄りかかったまま目を閉じている。


だが、眠れてはいなかった。


胸の奥に残る、あの感覚。


白い光。

誰かの声。


引き寄せられるような、不安。


「……」


思い出そうとすると、夢みたいに遠ざかる。


掴めそうで掴めない。


「……」


その時、指先へ静かな熱が触れる。


「……」


ゆっくり目を開ける。


すぐ傍に、ルシアンがいた。

まだ、離れていない。


「……眠らないの?」


掠れた声で問う。


ルシアンは、重ねた手を見たまま静かに返した。


「お前が落ち着くまでいる」


迷いのない声だった。


「……」


アリシアは、小さく息を吐く。


胸の奥が、じわりと熱い。


「……殿下」


いつものように、染みついた呼び方で無意識に呼ぶ。


「今はそれで呼ぶな」


すぐに、低く返された。

だが、どこか掠れた声だった。


「……」


アリシアの目が、わずかに揺れる。


ルシアンは、視線を逸らさない。


まっすぐに見つめたまま、静かに待っている。


「……」


名前を呼ぶだけなのに、胸が妙に落ち着かない。


それだけで、何かが変わってしまいそうで。


「……」


だが、ルシアンの指先が、そっとアリシアの手を撫でる。


急かさずに、逃げ道を塞ぐみたいに。


「……」


アリシアは、小さく息を飲む。


それから、ゆっくり唇を開いた。


「……ルシアン」


確かめるように、静かに呼ぶ。


「……」


その瞬間、ルシアンの表情が、ほんの少しだけ、わずかに揺れた。


張り詰めていたものが、ほどけるように。


「……なんだ」


返る声は、いつもより低く近い。


その響きだけで、胸の奥が熱くなる。


「……ありがとう」


ぽつりと落とす。


「……」


ルシアンは、少しだけ目を細めた。


ランプの灯りが、その金色をやわらかく照らす。


「礼を言われることはしていない」


「してるわ」


小さく返す。


「……今も」


「……」


沈黙が落ちる。

だが、不思議と苦しくない。


雨音が、その隙間を静かに埋めていく。


「……」


アリシアは、ぼんやりと重ねられた手を見る。


ルシアンの親指が、時折ゆっくり指先を撫でていた。


無意識なのかもしれない。


だが、その小さな動きが、ひどく優しい。


「……」


ふと、ルシアンが口を開く。


「お前は」


低い声が落ちる。


「昔から、そうだったのか?」


「……?」


「周囲ばかり気にして……自分を後回しにする」


「……」


アリシアは、小さく目を伏せる。


「……そうかもしれないわね」


否定はできなかった。


「……」


ルシアンは、少しだけ苦しそうに息を吐く。


「見ている方は、気が気ではない」


「……」


胸が、小さく揺れる。


「……そんな顔しないで」


気づけば、そう零していた。


「……」


ルシアンの視線が、静かにアリシアへ向く。


「どんな顔だ?」


「……今にも、怒りそうな顔」


「……」


一瞬、ルシアンが黙る。

それから、小さく笑った。


だが、その笑みはどこか作っていた。


「怒っている」


「……」


アリシアの目が、少しだけ開く。


「自分にだ」


静かに続ける。


「気付くのが遅かった」


「……」


その言葉に、胸の奥が痛いほど揺れる。


「……」


また、重なる。

知らないはずの感情。


誰かが、同じように苦しそうな顔をしていた気がした。


「……」


頭の奥が、少しだけ痛む。

白い光が、ちらつく。


「……っ」


小さく息を飲む。


その瞬間、ルシアンの手が頬へ触れた。


「考えるな」


低い声が落ちる。


「今は、休め」


「……」


アリシアは、ゆっくり瞬きをする。


近い。

その距離が、不思議と安心する。


「……」


ルシアンの指先が、あやすように、静かにそっと髪を撫でる。


「……眠れ」


低い声が、耳へ落ちる。


「お前が起きていると、私も眠れない」


「……」


思わず、小さく笑ってしまう。


「……何それ」


「事実だ」


真顔で返されて、また少し笑った。


「……」


そのやり取りだけで、胸の奥の苦しさが、少しだけ遠のく。


「……」


アリシアは、ゆっくり目を閉じる。


重ねられた手の熱。

髪へ触れる指先。

耳へ届く低い声。


全部が、“ここへいていい”と言われているみたいだった。


「……」


雨は静かにまだ、絶え間なく降り続いている。


まるで、この夜を終わらせないように。

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