第四話|繋ぎ止める手
雨音は、まだ途切れない。
窓を叩く音が、静かな部屋へ細く響いていた。
「……」
アリシアは、ルシアンへ縋るように指を掴んでいた。
震えが、止まらない。
胸の奥がざわつく。
何かに引かれる感覚が、まだ消えない。
「……」
だが、ルシアンの腕の中だけは少し違った。
温かい。
ちゃんと、ここにいると感じられる。
「……」
「アリシア」
耳の近くで、低い声が落ちる。
落ち着かせるみたいに、ゆっくりと。
「呼吸を合わせろ」
「……っ」
乱れていた息を、なんとか整えようとする。
だが、うまくできない。
吸おうとしても、胸が苦しい。
「……大丈夫だ」
もう一度、低く落ちる。
その声は、不思議なくらい揺れなかった。
「……」
ルシアンの手が、宥めるように背中をゆっくり撫でる。
怖がる子供を落ち着かせるみたいに。
「……」
アリシアは、目を閉じる。
耳へ届く鼓動。
ルシアンのものなのか、自分のものなのか。
もう、わからない。
「……」
それでも、少しずつ 呼吸が戻っていく。
「……そうだ」
低い声が、近くで続く。
「そのまま、ゆっくり息をしろ」
「……」
胸の奥の波が、少しずつ静まっていく。
引きずり込まれそうだった感覚が、遠のいていく。
「……」
アリシアは、ゆっくり目を開けた。
すぐ近くに、ルシアンがいる。
金色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
「……落ち着いたか?」
「……少し」
声はまだ掠れている。
それでも、さっきよりは呼吸ができた。
「……」
ルシアンは、ようやく小さく息を吐く。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む。
「……」
だが、その腕は、まだ離れない。
「……」
アリシアは、ぼんやりとその距離を見る。
近い。
近すぎるくらいに。
ルシアンの髪が、少しだけ頬へ触れそうだった。
「……」
不意に、ルシアンの指先が、アリシアの髪へ触れる。
乱れた金糸を、静かに掬うように。
「……無茶をするな」
ぽつりと落ちる。
責める声ではない。
苦しそうな声だった。
「……」
アリシアの胸が、小さく痛む。
「……ごめんなさい」
自然に零れる。
「……」
その瞬間、ルシアンの眉がわずかに寄る。
「謝るな」
低く返る。
「……」
重ねられた手に、少しだけ力がこもる。
「お前は、すぐそうやって一人で抱え込む」
「……」
アリシアは、小さく目を伏せた。
否定はできない。
「……誰かに頼ることを覚えろ」
静かな声だった。
だが、そこにははっきりとした願いが滲んでいる。
「……」
アリシアは、ゆっくりルシアンを見る。
「……頼っても」
小さく問う。
「困らない?」
「……」
その言葉に、ルシアンの表情が静かに揺れた。
「……本気で言っているのか?」
低く返る。
呆れたような、苦しそうな、そんな声だった。
「……」
次の瞬間、ルシアンの額が、そっとアリシアへ触れる。
呼吸が混ざるほどに、近い。
「お前が消える方が……」
かすれた声が落ちる。
「よほど困る」
「……」
胸の奥が、痛いほどに大きく揺れる。
「……」
ルシアンの腕が、さらに強くアリシアを抱き寄せる。
まるで、本当にどこかへ行ってしまいそうなものを、繋ぎ止めるみたいに。
「……」
アリシアは、そっと目を閉じる。
耳へ届く鼓動が、少しずつ落ち着いていく。
まだ、少し怖かった。
でも、今はこの腕の中から離れたくないと思ってしまう。
「……」
窓の外では、雨が降り続いている。
静かに、絶え間なく。
まるで、二つの世界の境界を、溶かしていくみたいに。




