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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第八章|選ばれる側の責任

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第一話|呼ばれた気がした

夜は、静かだった。


窓の外では、雨が降っている。


細い雨音が、一定のリズムでガラスを叩いていた。


「……」


アリシアは、ゆっくりと目を開ける。


暗い天井が視界に映る。

胸の奥が、妙にざわついていた。


「……」


眠りは浅かった。

何度も意識が浮いて、沈んで。


そのたびに、何かに引かれるような感覚だけが残る。


「……」


小さく息を吐く。


だが、落ち着かない。

鼓動が、妙に速い。


「……」


身体を起こす。

寝台の布が、わずかに揺れる。


肩へ落ちた髪が、さらりと滑った。


「……」


窓の外を見る。

暗い。


王都の灯りも、雨に滲んでいる。


「……」


胸が苦しい。


痛いわけではない。

息ができないわけでもない。


それでも、何かが引っかかっている。


「……」


誰かが、泣いているような気がした。


「……」


小さく眉を寄せる。


「……何、これ」


自分でもわからない。

なのに、胸の奥が、ひどく騒ぐ。


「……」


その時、扉の向こうで足音が止まる。


迷いのない歩き方。

聞き慣れた足音だった。


「……」


軽いノック。


「……起きているか」


低い声が落ちる。


「……ええ」


返事をすると、静かに扉が開いた。


「……」


ルシアンが部屋へ入ってくる。


灯りを背負った姿が、静かに視界へ入る。


濡れた夜気が、わずかに流れ込んだ。


「……」


その瞬間、少しだけ呼吸が楽になる。


無意識だった。

だが、確かにそんな気がした。


「……」


ルシアンが、わずかに眉を寄せる。


視線がまっすぐアリシアを捉える。


「顔色が悪い」


迷いなく言う。


「……そう?」


「隠せていない」


間を置かず返る。


「……」


小さく息を吐く。


誤魔化す気力も、今日はなかった。


「……少し」


言葉を探す。


「苦しくて」


「……」


ルシアンの表情が変わる。


静かに、はっきりと問う。


「どこが痛む?」


すぐ近くまで来る。

低い声が、いつもより近い。


「痛いわけじゃないの」


アリシアは、小さく首を振る。


「ただ……」


そこで言葉が止まる。


うまく説明できない。


なのに、胸の奥だけが騒いでいる。


「……誰かに」


ぽつりと零れる。


「呼ばれた気がして」


「……」


部屋が静かになる。

雨音だけが続いていた。


「……」


アリシアは、自分の手を見る。


指先が、わずかに震えていた。


「……帰らなきゃいけないような」


小さく落とす。


「……そんな感じがするの」


「……」


ルシアンの目が、静かに揺れる。


『帰る』

その言葉に。


「……」


だが、問い返さない。


代わりに、ゆっくりと手を伸ばす。


「……」


冷えた指先を、包み込むようにアリシアの手を取る。


大きな手だった。

熱が、じんわりと伝わる。


「……」


触れられた瞬間。

ざわついていた呼吸が、少しだけ落ち着く。


胸の奥の波が、静かに引いていく。


「……」


思わず、小さく息を吐く。


「……」


ルシアンは、その反応を見逃さない。


「……少し、落ち着いたか」


低く聞く。


「……ええ」


素直に頷く。


「……」


静かな沈黙が落ちる。

雨音だけが、遠くに響いている。


「……」


アリシアは、ぼんやりと重ねられた手を見る。


温かい。


ちゃんと、ここへ繋ぎ止められているみたいに。


どこかへ流されそうだった意識が、戻ってくる。


「……」


その時、無意識にふと、言葉が零れる。


「……帰りたく、ない」


「……」


ルシアンの指先が、わずかに止まる。


「……」


アリシア自身も、はっとする。


今、何を言ったのだろう。


「……」


だが、ルシアンは、手を離さなかった。


むしろ少しだけ、強く握る。

逃がさないように。


「……なら」


低い声が、すぐ近くで落ちる。


「行かなければいい」


「……」


静かな声だった。


だがその奥に、押し隠した感情が滲んでいる。


「……」


アリシアは、ゆっくり顔を上げる。


ルシアンの瞳を見る。


「……」


そこには、いつもより強い熱があった。


まるで、本当に失うことを恐れているような。


「……」


胸の奥が、大きく揺れる。


雨音は、まだ続いている。

静かに、絶え間なく。


まるで、どこか別の場所と、繋がっているみたいに。

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