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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第七章|残された側

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第九話|戻る場所

夜の病室は、静かだった。


灯りは落とされ、白い光だけが薄く残っている。


機械の音が、一定のリズムで続いていた。


「……」


年上の女性は、椅子に座っている。


昨夜から、ほとんど眠れていない。

それでも、帰る気にはなれなかった。


「……」


ベッドの横へ視線を向ける。


眠ったままの姿。

変わらない、静かなまま。


「……」


窓の外では、まだ雨が降っていた。


小さな雨音が、ガラス越しに響いている。


「……」


ふと、思い出す。


“気持ちいいんだよね、雨って”

あの子と笑いながら歩いていた声。


「……」


小さく、息を吐く。


「……ほんと」


かすれた声が零れる。


「無理ばっかりして……」


「……」


返事はない。

当然なのに、少しだけ苦しくなる。


「……」


膝の上のスマホが震える。

若い方からだった。


『今日、現場落ち着いてました』


『確認しながら進めてます』


短い文。


そのあとに、『戻って来れる場所、ちゃんと残します』


「……」


年上の女性の目が、わずかに揺れる。


「……」


静かに画面を閉じる。

胸の奥が、熱い。


「……」


変わり始めている。

少しずつ、ちゃんと。


「……」


それは、あの人が残したものだった。


「……」


年上は、ゆっくり立ち上がる。

ベッドのそばへ寄る。


「……聞こえてる?」


小さく言う。


「……みんな、ちゃんと頑張ってるよ」


「……」


声が、少しだけ震える。


「……だから」


喉が詰まる。

それでも。


「帰っておいで」


静かに落とす。


「……今度は、ちゃんと支えるから」


「……」


病室は静かだった。

何も変わらない。


機械の音だけが続いている。


「……」


それでも。


その時、ほんのわずかに指先が動く。


「……!」


年上の女性の呼吸が止まる。


「……」


目を見開く。

見間違いじゃない。


今、確かに動いた。


「……」


震えるように、手を見る。


白いシーツの上。

指先が、ほんの少しだけ動いていた。


「……」


胸の奥が、一気に熱くなる。


「……っ」


声にならない息が漏れる。


「……」


慌ててナースコールへ手を伸ばしかける。


だが、その前にもう一度、視線を戻す。


「……」


動いている。

本当に、少しだけ。


でも、確かに。


「……」


年上の女性の目に、涙が滲む。


「……ばか」


小さく笑うみたいに零れる。


「心配、かけすぎ……」


「……」


涙が落ちる。


静かに張り詰めていたものが、ほどけるみたいに。


「……」


雨音は、まだ続いている。

夜は深い。


それでも、止まってはいなかった。


「……」


戻る場所は、ちゃんと残っている。


だから、きっと帰ってこられる。

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