表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第七章|残された側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/90

第七話|甘えていた側

病院を出る頃には、雨が強くなっていた。


街灯の光が、濡れた地面に滲んでいる。


「……」


年上の女性は、一人で歩いていた。


傘を差していても、足元が少し冷える。


「……」


疲れている。

身体も、頭も。


「……」


だが、それ以上に胸の奥が、静かに重かった。


「……」


あの人の母の言葉が、頭から離れない。


——大丈夫って笑うんです。


「……」


小さく、息を吐く。

白く曇る。


「……」


知っていた。

あの人は、そういう人だった。


「……」


周りを優先して、空気を崩さないようにして。


自分のことは、後回しにする。


「……」


わかっていたはずだった。


「……」


駅へ向かう途中、信号で足を止める。


赤い光が、雨粒の向こうで揺れている。


「……」


ふと、思い出す。


「……これお願い!」


「悪い、助かる」


「あとでフォローするから」


「……」


何度も、自然に言っていた。


「……」


あの人は、そのたびに。


「大丈夫ですよ」


そう言って笑っていた。

困ったみたいに。


「……」


胸が、少し痛む。


「……」


年下の体調は、気にしていた。


無理していないか、抱え込みすぎていないか。

ちゃんと休めているか。


「……」


泣きそうになれば、声をかけた。


顔色が悪ければ、早く帰した。


「……」


でも。


「……」


あの人には、していなかった。


「……」


元気そうだったから。

動けていたから。

周りも見えていたから。


「……」


完全に、甘えていた。


「……」


信号が変わる。

人が動き出す。


「……」


ふと、記憶が浮かぶ。


「あ……ちょっと最近、しんどいかもです」


軽く笑いながら言っていた。

冗談みたいに。


「……」


その時、自分は。


「みんな大変だからねー」


そう返していた。


「……」


足が止まりそうになる。


「……」


違った。


あれはちゃんと、訴えていた。


「……」


胸の奥が、強く痛む。


「……」


他にもあった。


「最近ちょっと頭痛多くて」


「寝ても疲れ抜けなくて」


「病院行こうかなって」


「……」


全部、流していた。


「……」


“あの人なら大丈夫”


そう思っていた。

思い込んでいた。


「……」


雨音が、少し強くなる。

傘を叩く音だけが続く。


「……」


年下の前でも、軽口みたいに言っていた。


「あの人、気にしすぎなんだよね」


「あれくらい平気でやっちゃうから」


「……」


笑いながら、家族みたいな感覚で。


「……」


でも、年下は違った。


「……」


その空気を見て。


“あの人には、そのくらいでいい”


そう受け取ってしまった。


「……」


自分が、作っていた。

あの空気を。


「……」


駅へ入る。

冷たい風が吹き込む。


「……」


ホームのベンチへ座る。


ようやく、身体から力が抜ける。


「……」


鞄から、無意識に携帯を取り出す。


「……」


画面を開く。

あの人とのやり取り。


仕事の連絡ばかり。


確認。

調整。

報告。


「……」


その中に、何度もある。


『大丈夫ですよ』


『やっておきますね』


『ありがとうございます』


「……」


視界が、滲む。


「……」


なんで、気づかなかったんだろう。


「……」


あんなに、助けられていたのに。


「……」


携帯を握る手に、力が入る。


「……」


「ごめん……」


小さく零れる。

誰にも聞こえない声で。


「……」


電車が入ってくる音がする。


風が吹く。


それでも、年上の女性は、しばらく顔を上げられなかった。


雨音が、少し強くなる。

傘を叩く音だけが続く。


「……」


ふと、昔のことを思い出す。


現場帰りだった。

突然、雨が降ってきて、二人で駅まで歩いていた時。


「……」


自分は、雨が嫌いじゃなかった。


むしろ、少し濡れるくらい、平気だった。


「気持ちいいんだよね、雨って」


笑いながら言った自分に、あの人は、困ったように笑っていた。


「風邪ひきますよ?」


そう言いながら、そっと傘を傾ける。


「平気平気」


「いや、平気じゃないですって」


少し呆れたみたいに返して。

それから、小さく笑った。


「もう……子供じゃないんだから」


「……」


その言い方だけ。

少しだけ、近かった。


いつもの丁寧な口調じゃなくて。

気が抜けた時みたいに。


「……」


そのせいで、あの人の肩は、半分くらい濡れていた。


髪の先からも、雨粒が落ちていたのに。


「……」


それでも、本人は気にした様子もなく笑っていた。


「大丈夫です」


いつものように、やわらかく。


「……」


胸の奥が、痛む。


「……」


あの時も、守られていた。

気づかないまま。


「……」


自分ばかり、守られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ