第四話|急変
夕方の空気は、重かった。
雨が降りそうで、降らない。
窓の外には、低い雲が広がっている。
「……」
事務所の中は慌ただしかった。
電話。
確認。
現場からの報告。
短い言葉が絶えず飛び交っている。
「……」
若い方は、机に向かっている。
手は止まっていない。
書類を確認し、現場へ返し、流れを整える。
「……」
前より、時間はかかっている。
それでも、戻りは減った。
空気も荒れにくくなった。
「……」
「これ、先に確認お願いします」
「わかりました」
「……」
短いやり取りが続く。
以前とは違う。
勢いだけでは、もう動いていなかった。
「……」
その時、机の上の携帯が震える。
「……」
視線を落とす。
表示された名前を見た瞬間、年上の女性の表情が変わる。
「……」
すぐに取る。
「はい」
声は落ち着いている。
だが、指先にわずかに力が入る。
「……」
向こうの声が続く。
短く、事務的に。
「……」
その瞬間、空気が止まる。
「……わかりました」
静かに返す。
「すぐ向かいます」
「……」
通話が切れる。
「……」
若い方が顔を上げる。
「……何か?」
「……急変したって」
短く返る。
「……」
言葉が、重く落ちる。
「……」
若い方の呼吸が、一瞬止まる。
「……」
頭の中が、白くなる。
「……」
年上は、もう立ち上がっている。
バッグを取る。
迷いがない。
「……」
「行ってくる!」
短く言う。
「……」
若い方も、立ち上がりかける。
だが、その瞬間。
電話が鳴る。
別の机でも、現場からの声が重なる。
「……」
空気が、一気に張る。
「……」
若い方の手が止まる。
今すぐ、病院へ行きたい。
でも――。
「……」
視線が、事務所を見回す。
まだ、不安定なまま動いている。
「……」
年上が、その視線を見る。
「……ここ、お願い!」
静かに言う。
「……」
若い方の喉が動く。
「……」
逃げたい。
正直、そう思う。
怖い。
もし、間に合わなかったら。
「……」
胸が、苦しくなる。
「……」
だが、ふと浮かぶ。
——戻って来る場所は、残す。
「……」
小さく、息を吸う。
「……わかりました」
声は、少し震えていた。
それでも、逃げなかった。
「……」
年上が、小さく頷く。
「お願い」
それだけ残して、急いで出ていく。
扉が閉まる。
「……」
一瞬だけ、静かになる。
「……」
次の瞬間、電話が鳴る。
現場の声が重なる。
「確認お願いします!」
「この件どうしますか!」
「……」
若い方は、立ったまま息を飲む。
怖い。
まだ、自信なんてない。
「……」
でも、止めるわけにはいかなかった。
「……」
机へ戻る。
椅子を引く音が、小さく響く。
「……」
受話器を取る。
「……はい」
声を出す。
「順番に確認します」
「落ち着いて説明してください」
「……」
自分でも、不思議だった。
その言葉が、自然に出たことが。
「……」
前なら、もっと強く返していた。
急がせていた。
「……」
でも、今は違う。
「……」
繋がなければ、意味がない。
「……」
胸の奥で、あの言葉が重なる。
「……」
手を動かす。
確認する。
流れを整える。
一つずつ。
「……」
事務所は、まだ不安定だった。
完璧ではない。
「……」
それでも、止まってはいない。
「……」
若い方は、唇を強く結ぶ。
「……」
帰ってきてください。
心の中で、強く思う。
「……」
だから、それまで。
ここは、止めない。
「……」
電話の音が、また響く。
若い方は、顔を上げた。
逃げずに。
今度は——
支える側として。




