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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第七章|残された側

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第一話|会いに行く理由

夕方の空気は、少しだけ冷えていた。

窓の外は、薄く曇っている。


仕事終わりの事務所は、どこか静かだった。


「……」


人は動いている。

電話も鳴る。

紙の音も止まらない。


だが——

以前とは、空気が違う。


「……」


若い方が、書類を揃えている。


指先は止まらない。


だが、前ほど勢いだけでは動いていない。


確認して、止めて。

もう一度見る。


その動きが、自然に増えていた。


「……」


年上の女性は、その様子を静かに見ている。


何も言わずに、必要な時だけ、声をかける。


「……」


「これ」


若い方が顔を上げる。


「先に確認入れます」


「……ええ」


短く返る。


「……」


それだけで、止まらずに流れが続く。


「……」


ふと、若い方の手が止まる。

ほんの一瞬だけ。


「……」


「……今日」


小さく声が落ちる。


「……」


年上が視線を上げる。


「……病院、行きますか」


「……」


空気が、少しだけ静かになる。


「……」


年上は、すぐには返さない。


机の上へ視線を落とす。

並んだ書類。

整い始めた流れ。


「……」


それから、ゆっくり顔を上げる。


「行くつもり」


静かに返す。


「……」


若い方の指先が、わずかに動く。


「……私も」


言葉は小さい。

だが、消えない。


「……」


沈黙が落ちる。

重くはない。


迷っている沈黙だった。


「……」


「……無理しなくていいよ」


やわらかく、年上が言う。


「……」


若い方は、すぐに首を振る。


「違うんです」


少しだけ早く。


「……」


机の端へ、視線が落ちる。


「……ちゃんと」


声が、少しだけ詰まる。


「謝りたいです」


「……」


年上は、何も言わない。

ただ、聞いている。


「……」


若い方は、小さく息を吸う。


「……私」


ゆっくり続ける。


「自分が、一番やってるって思ってました」


「……」


「速く動けるし」


「回してるし」


「だから」


一瞬、言葉が止まる。


「……うるさいって」


小さく落ちる。


「思ってました」


「……」


静かな空気の中で、その言葉だけが残る。


「……」


「でも」


続ける。

今度は、止めない。


「全部、繋いでくれてたんですよね」


「……」


年上の女性は、わずかに視線を落とす。


「……そうだね」


小さく返る。


「……」


その声は、責めない。

ただ、認める。


「……」


若い方の胸の奥が、少しだけ痛む。


「……」


思い出す。

現場で荒れた空気。

強く返してしまった言葉。


そのあと、いつの間にか戻っていた流れ。


「……」


自分は、そのまま次へ進んでいた。


「……」


終わったと思っていた。


「……」


違った。

終わらせてもらっていた。


「……」


小さく、唇を噛む。


「……」


「行こうか」


年上が静かに言う。


「……」


若い方が顔を上げる。


「……はい」


短く返す。


「……」


仕事を閉じる。


机を整える。

紙を揃える。


その動きが、少しだけ丁寧になっている。


「……」


帰る準備をしながら、若い方は、ふと思う。


「……」


あの人なら。

ここでも、最後に一言かけていた。


「……お疲れさま」


とか。


「ありがとう」


とか。


「……」


小さな言葉。


でも、ちゃんと残る言葉を。


「……」


胸の奥が、少しだけ苦しくなる。


「……」


外は、もう薄暗い。

夜が近づいている。


「……」


二人は、静かに事務所を並んで出る。


以前とは、少し違う距離で。


「……」


向かう先は、同じだった。

返事のない場所へ。


それでも、会いに行く理由は、もう迷っていなかった。

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