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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第一章|壊れる前に消えた私

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第五話|見えていなかったもの

「……これは」


指先に、紙の重さが残る。


他と同じ厚みのはずなのに、妙に沈む。


視線を落とす。

一行、追う。

次の一行へ——


途中で、呼吸が浅くなる。


「……」


周囲の音が、少しだけ遠のく。


先ほどまでのざわめきはない。


紙を揃える音と、短い返答だけが、規則正しく続いている。


現場は、動き始めている。


だからこそ。


この一枚の“動いていなさ”が、際立つ。


「……」


紙の端を、親指で押さえる。


角が、わずかに擦れる。


止まっている。


ここで、長く。


「……」


顔を上げる。

アルノーを見る。


「これ」


短く、示す。


「どこまで把握しているの?」


「……」


ほんの一拍、アルノーの呼吸が、わずかに変わる。


「……報告は受けています」


低く、返る。


「処理は?」


問いを重ねる。


「……滞っています」


短く、逃げない答え。


「……なぜ?」


静かに、落とす。


責める響きはない。

だが——抜け道もない。


「……」


アルノーが、息を一つ吐く。

視線は逸らさない。


「担当が、定まっていません。どの部署も、引き取らない。

責任の所在が曖昧なまま、止まっています」


言葉は少ない。

だが、重さは足りている。


「……」


アリシアは、もう一度紙に視線を落とす。


記載された項目を、指でなぞる。


一つで完結していない。

別の案件と、繋がっている。


さらに、その先へ絡んでいる。


ほどく前に、手を出せば——


同じように止まる。


「……」


理解する。

だから、誰も触らなかった。


「……」


息を、静かに吐く。

長くはない。


「……ここだけの問題ではないわね」


顔を上げる。


「……」


アルノーの目が、わずかに細まる。


否定はない。


「……領地全体に影響が出ています」


淡々と、続ける。


「数値も、落ちています」


「……」


アリシアは、言葉を挟まない。


視線だけで、続きを受け取る。


それで、足りる。


「……」


紙を閉じる。

軽く叩くように整える。


「……わかったわ」


短く、落とす。


感情は乗せない。

乗せる必要がない。


「……」


視線を巡らせる。


動き出した現場。


だが、この案件だけは、そこに乗っていない。


「……」


口を開く。


「担当を決める」


静かに、告げる。


「ここで止める理由はない」


「……」


アルノーが、わずかに動く。


「誰を充てますか」


返答が早い。

先ほどよりも、迷いがない。


「……」


アリシアは、現場を見る。


動いている手。

止まっている手。

視線の動き。


一人に、止まる。

動いていない。


だが——逃げていない目。


「あなた」


短く、指す。

呼ばれた人物が、肩を震わせる。


「……は、はい!」


遅れて、声が出る。


「これを引き取って」


紙を差し出す。


距離が、半歩縮まる。


「え……」


受け取る手が、止まる。

重さを測るように。


「できるかではなく」


一拍。

視線を合わせる。


「やるの」


静かに、落とす。


「……」


言葉が詰まる。

だが、視線は逸れない。


「……はい」


小さく、だが確かに返る。


紙を受け取る。

指先が、わずかに震える。


「アルノー」


続けて呼ぶ。


「……はい」


「この件の進行、見ていて」


「止まりそうなら、すぐに入って」


「……承知しました」


短い応答。

今度は、迷いがない。


「——この件、俺が見る」


声が、低く落ちる。


周囲の動きが、わずかに変わる。

距離ができる。


流れが、一本通る。


「……」


アリシアは、それを見る。


止まっていたものが、動き出す瞬間。


小さい。

だが、確かだ。


「……」


机に視線を戻す。


同じように、端が浮いた紙が、いくつもある。


一枚ではない。

二枚、三枚——


積み上がっている。


「……」


指で、一枚引き抜く。

また、止まっている。


別の理由で、同じ形で。


「……そういうこと」


小さく、呟く。

個別ではない。


構造だ。


「……」


顔を上げる。


「まだあるわね」


確認ではない。


「……あります」


即答。


「……」


頷く。


「全部、出して」


短く、告げる。


「止まっているもの、全部」


「……」


一瞬の間、それから。


「……承知しました」


アルノーが振り返る。


「——対象案件、全て持ってこい」


声が飛ぶ。

今度は、迷いがない。


人が動く。

書類が運ばれる。


机の上に、重なっていく。

一つ、また一つ。


紙の擦れる音が、続く。


「……」


アリシアは、その場に立つ。


逃げない。

抱え込まない。


ただ——見る。


「……」


積み上がる量。

それが、そのまま現実だった。

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