第五話|見えなかったもの
午後の空気は、少しだけ張り詰めていた。
忙しさは、変わらない。
むしろ、いつも通りだ。
「……」
机の上は、整っている。
流れも止まっていない。
回っている。
「……」
一度、電話が鳴る。
間を置かずに、もう一度。
「はい!」
若い方がいつものように、
明るく取る。
「はい、大丈夫です!
進めてます!」
間を置かずに返す。
「……」
向こうの声が続く。
少し長い。
「はい、今確認してます!」
すぐに言う。
「そちらは大丈夫だと思います!」
「……」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
「……はい?」
笑顔のまま、聞き返す。
「……いえ、大丈夫です!」
かぶせるように言う。
「すぐ流しますので!」
「……」
通話が切れる。
「……」
「どうだった?」
年上が、静かに聞く。
「え?」
振り向く。
「普通です」
軽く返す。
「特に問題ないです」
「……」
ほんのわずかな間が落ちる。
「……」
電話が、また鳴る。
今度は年上が取る。
「……はい」
声を整える。
「……」
向こうの声が、止まらない。
短く。
だが、はっきりと。
「……」
年上の表情が、わずかに変わる。
「……申し訳ありません」
落ち着いた声で、先に言う。
「……」
「確認の上、こちらからご連絡いたします」
言葉を選びながら。
「……」
静かに、通話が終わる。
「……」
受話器を置く。
指先に、わずかに力が残る。
「……」
「……今の」
若い方が言う。
「何かありました?」
「……」
年上が、顔を上げる。
「……さっきの対応」
短く言う。
「言い方が強いって」
「……え?」
「あと……」
「決めつけられてるって」
「……」
空気が止まる。
「……決めつけ……?」
小さく繰り返す。
「確認してる途中で“そちらは大丈夫だと思います”って言われると」
静かに続ける。
「向こうは、不安になる」
「……」
言葉が、落ちる。
「……」
「ちゃんとやってますよ?」
少し強く、思わず返す。
「確認してから言ってますし」
「……」
年上は、否定しない。
「……やってるよ」
静かに言う。
「……」
「でも……」
続ける。
「相手は、そう受け取ってない」
「……」
まっすぐに、言葉が刺さる。
「……」
頭の中に、さっきのやり取りがよぎる。
「大丈夫です!」
「すぐ流します!」
「……」
早く終わらせたかった。
それだけだった。
「……」
「前は」
年上が、小さく言う。
「こういうの、あまり表に出なかった」
「……」
「間に入ってたから」
それだけ。
「……」
意味を、考える。
「……」
思い出す。
現場でのやり取り。
少し強い言い方をされたあと。
そのあと。
「……」
「少し行き違いがあったみたいで」
やわらかい声が入る。
「こちらで整理しておきますね」
「……」
自然に、空気が戻る。
「……」
自分は、そのあと動いていた。
速く、迷いなく。
「……」
それで、終わったと思っていた。
「……」
違う。
「……」
終わらせてもらっていた。
「……」
完全に、手が止まる。
「……」
胸の奥に、ざわつきが広がる。
「……」
「……私」
小さく、声が出る。
「……」
続かない。
「……」
「ちゃんとやってます」
もう一度言う。
今度は、少し弱く。
「……」
年上は、ただ聞いている。
「……」
「でも……」
「……それだけじゃ、足りない」
静かに返す。
「……」
何も言えなくなる。
「……」
言い返せない。
「……」
ただ一つ、わかる。
「……」
速さだけでは、回らない。
「……」
それどころか、壊すこともある。
「……」
「……すみません」
小さく、零れる。
今度は、消さない。
「……」
年上は、何も言わない。
ただ、わずかに頷く。
「……」
電話が、また鳴る。
「……」
手が伸びる。
今度は、少しだけゆっくりと。
「……はい」
声を出す。
「……状況、確認させてください」
一つずつ、言葉を選ぶ。
「……」
一瞬だけ、向こうの声が止まる。
「……」
その間が、はっきりとわかる。
「……」
今まで、なかった間。
「……」
小さく、息を吸う。
「……」
見えていなかったものが、
少しずつ、形になり始めていた。




