第ニ話|埋まらない穴
昼の音は、途切れない。
電話。
紙の擦れる音。
足音。
重なって、流れていく。
「……」
止まってはいない。
むしろ——
回っている。
「……」
「これ、確認済みです!」
若い方が迷いなく、声を上げる。
「次、回しますね」
すぐに続ける。
「……待って!」
年上の女性が止める。
強くはない。
だが、確実に。
「一度、ここで止める」
紙を指で押さえる。
「……え?」
「戻る可能性がある」
短く言う。
「今流すと、あとで詰まる」
「……」
若い方が、一瞬だけ黙る。
「……はい」
今度は少しだけ慎重に、小さく返す。
「……」
ほんの一瞬、手を止める。
「……」
「すみません」
現場の担当が、近づく。
「この件、優先って聞いてたんですけど」
「……」
年上の女性が顔を上げる。
「どこから?」
「朝の連絡で」
「……」
「順番、変わってる」
小さく呟く。
「……?」
「ごめん」
すぐに切り替える。
「今、整理する」
「……はい」
担当が下がる。
「……」
紙を見下ろす。
線が足りない。
誰が引くか、決まっていない。
「……」
前は、迷わなかった。
「……」
どこで止めるか。
どこから流すか。
誰に振るか。
「……」
全部、決まっていた。
「……」
「これ、先にやった方がいいですよね?」
すぐに、若い方が言う。
「今なら間に合うと思います!」
「……」
判断も、速い。
「……」
だが、その手元に視線が止まる。
「……」
繋がらない、そう思う。
「……」
「……待って!」
もう一度、言う。
さっきよりも、はっきりと。
「順番、こっち」
紙を引く。
「ここは、あと」
「……」
若い方が、完全に手を止める。
「……はい」
今度は、しっかりと返る。
「……」
少しだけ、空気が変わる。
「……」
電話が鳴る。
担当が取る。
「はい、進めています」
落ち着いた声で。
「……」
そのやり取りを、聞く。
「……」
前ならここで一言、入っていた。
「……」
強くもなく、押し付けるわけでもなく。
「……」
流れを、整える言葉が。
「……」
それが、ない。
「……」
ふと、思う。
「……」
足りていない。
「……」
回っているのに、止まっていないのに。
「……」
それでも、どこか噛み合わない。
「……」
「……すみません」
現場の担当が、もう一度来る。
「さっきの件、戻りそうです」
「……」
やっぱり、と思う。
「……」
「大丈夫!」
短く返す。
「ここで止めてる」
「……ありがとうございます」
担当が、ほっとした顔で下がる。
「……」
その背中を見る。
「……」
前なら、“当然”だった反応。
「……」
今は、少しだけ違う。
「……」
小さく、息を吐く。
「……」
机の上を見る。
確かに、整ってきている。
「……」
だが、完全ではない。
「……」
「……前の方は」
ふと、振り返りながら、現場の担当が言う。
「こういうの、先に整えてくれてましたよね」
「……」
一瞬だけ、動きが止まる。
「……」
「……そうだね」
静かに返す。
否定しない。
できない。
「……」
担当は、それ以上言わない。
「……」
戻っていく。
「……」
その背中を、見送る。
「……」
胸の奥に、小さく残る。
だが、確実に。
「……」
確かに、回っている。
「……」
でも。
「……」
足りていない。
「……」
その形が少しずつ、見え始めていた。




