第三話|守られていたこと
電話の音が、重なる。
切れる前に、次が鳴る。
間を置かない。
「……はい」
若い方が取る。
声は、いつも通りに出る。
「……はい、大丈夫です」
反射のように返す。
「今、進めてますので」
「……」
向こうの声が続く。
強い。
はっきりと。
「……」
言葉が、詰まる。
「……確認して、折り返します」
それしか言えない。
「……」
切れる。
すぐに、また鳴る。
「……」
一瞬だけ、手が止まる。
だが、取る。
「……はい」
「……」
今度は、最初から強い。
問い詰めるように。
「……」
視線が揺れる。
机の上。
紙の束。
さっき戻したばかりの順番。
「……」
「今、整理中で——」
言いかけて、止まる。
違うとわかる。
それでは通らない。
「……」
「……折り返します」
繰り返す。
それしか出ない。
「……」
切れる。
受話器を置く。
指先が、震える。
「……」
「……代わる?」
年上の女性が、静かに言う。
「……」
一瞬、少しだけ迷う。
「……大丈夫です」
反射で返す。
「……」
また鳴る。
「……」
取る。
今度は——
何も言えない。
「……」
向こうの声だけが続く。
責めるわけではない。
だが、逃がさない。
「……」
「……すみません」
それだけ、やっと出る。
「……」
切れる。
「……」
息が、うまく吸えない。
浅い。
胸の奥が、重い。
「……」
周りを見る。
誰も止まっていない。
動いている。
回している。
「……」
自分だけが、取り残されている。
「……」
「……これ」
別の現場からの書類が差し出される。
「さっきの件です」
「……」
受け取る。
重い。
紙なのに。
「……」
内容を見る。
見覚えがある。
「……」
これも、前に。
「……」
あの人のことを、思い出す。
「……」
同じような電話を取っていた。
何度も。
何度も。
「……」
強い言い方でも、声を変えずに。
「少しお時間ください」
それだけで、繋いでいた。
「……」
あの時、自分は。
「……」
隣で、別の仕事をしていた。
「……」
「大変そうだな」と思った。
それだけだった。
「……」
代わろうとは、思わなかった。
「……」
「自分の仕事じゃない」と思っていた。
「……」
「……」
喉の奥が、詰まる。
「……」
気づく。
あの人は、一人で受けていた。
全部。
「……」
だから、通っていた。
「……」
自分はその後ろで、守られていた。
「……」
視線が、揺れる。
机の上。
紙の束。
電話。
全部。
「……」
「……これ、どうします?」
現場の声が届く。
「……」
答えが、出ない。
「……」
言葉が、見つからない。
「……」
前なら、すぐに返していた。
速く、迷わず。
「……」
今は、違う。
「……」
わからない。
何を優先すればいいのか。
どこまで触っていいのか。
「……」
あの人は、迷わなかった。
「……」
どうして。
「……」
息が、詰まる。
「……」
「……なんで」
小さく、零れる。
「……」
視線が落ちる。
自分の手へ。
「……」
「……できてたんですか」
それだけ。
「……」
答えは、ない。
だが——
わかってしまう。
「……」
自分は、相手に言えるほど
できていなかった。
「……」
ただ、速かっただけだ。
「……」
守られていたことに、気づかずに。
「……」
手が、震える。
止まらない。
「……」
それでも、電話は鳴る。
「……」
もう、逃げられない。
「……」
受話器に、ゆっくりと手を伸ばす。
今度は——
止めない。




