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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第三章|回り始めたもの

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第ニ話|見えてしまった差

「……これ、先に回していいですか」


若い方が言う。


紙を持つ手は止まらない。

視線も落とさない。


「待って!」


年上の女性が短く、返す。


「順番、逆」


「……」


指先が、わずかに止まる。

ほんの一瞬だけ。


「……でも、こっちの方が早くないですか?」


すぐに続ける。

声は変わらない。


「今、詰まってるのこっちなんで」


「違う」


間を置かずに、被せる。


「そこから動かすと、後で全部戻る」


「……」


言葉が、止まる。

紙を見下ろす。


並び。

順番。

自分のやり方。


「……」


「……一回止めて」


もう一度、言われる。

今度は、少しだけ強く。


「……はい」


返す。


だが、手の動きがほんの少しだけ乱れる。


紙の端が、揃わない。


「……」


積み直す。

順番を変える。


一枚ずつ、確認しながら。


「……」


遅い。

はっきりと、わかる。


さっきまでの速さが、消えている。


「……」


胸の奥が、ざわつく。

浅く、息を吸う。


「……」


電話が鳴る。


「……はい」


反射で取る。

声は、いつも通りに出る。


「……はい、大丈夫です」


「今、進めてます」


「……」


向こうの声が続く。

少しだけ強い。

間がない。

詰めてくる。


「……」


「はい」


短く返す。


「……はい」


それだけ。

それ以上、言葉が出ない。


「……」


電話を切る。

指先が、受話器に残る。

離れない。


「……」


何も残っていない。

繋がっていない。

さっきの言葉も、返した言葉も。


「……」


視線を上げる。


年上の女性は、別の書類を見ている。


止まらない。

流れている。


「……」


「……今の、どうでした?」


思わず聞く。

声が、わずかに乾く。


「……」


少しだけ間があく。


「……浅い」


短く、それだけ。


「……」


喉の奥が、詰まる。


「……」


現場で言われた言葉が、重なる。


——この順番だと戻る


「……」


胸の奥が、ざわつく。


同じ場所が、何度も引っかかる。


「……」


「……これ、終わりました」


さっきよりも慎重に、差し出す。


「……」


受け取られる。


視線が、紙の上を滑る。

止まる。


「……ここ」


指が、一点を押さえる。


「抜けてる」


「……え?」


声が、少しだけ上ずる。


「確認、してない」


「……」


言葉が、出ない。


紙を引き寄せて、見る。

確かに、抜けている。


「……」


視線が揺れる。


紙と。

机と。

自分の手。


「……」


気づく。


速いだけだった。

繋げていなかった。


「……」


「……もう一回」


静かに言われる。


「最初から見て」


「……はい」


今度は、少しだけ遅れて返す。


「……」


手を動かす。


一枚めくる。

止まる。

戻る。


「……」


順番を考える。

流れを探す。


だが——

繋がらない。


「……」


遅い。

自分でも、はっきりとわかる。


「……」


息が、浅くなる。

喉が、乾く。

指先が、冷える。


「……」


周りの音が、少し遠くなる。


紙の擦れる音だけが、残る。


「……」


「……どうする?」


年上の女性が言う。


低く、急かさない。


「……」


答えが、出ない。


口を開く。

閉じる。


「……」


現場で言われた言葉が、重なる。


繋がらない。

戻る。

意味がない。


「……」


喉が、詰まる。

息が、うまく吸えない。


「……」


「……なんで」


小さく、零れる。

誰に向けるでもなく。


「……」


完全に、手が止まる。


「……」


言葉が、続かない。


「……」


見えてしまった。

差が。


「……」


埋め方が、わからない。

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