第一話|回り始めた現場
紙が、動いている。
止まっていた流れが、少しずつ繋がり始めている。
「……」
机の上は、まだ整いきっていない。
それでも——
止まってはいない。
「……これ、こっち優先でいいですか」
若い方が言う。
手は止めない。
「一度止めて」
年上の女性が短く返す。
「順番、崩れてる」
「……はい」
わずかに遅れて、返事が返る。
「……」
紙を取り直す。
積み直す。
さっきよりは、丁寧に。
「……」
電話が鳴る。
「……はい」
年上の女性が取る。
声は落ち着いている。
「……はい、現在整理中です」
短く、だが、逃げない。
「……はい」
それだけで通じる。
前よりも、少しだけ。
「……」
通話が静かに、終わる。
「……」
小さく、息を吐く。
「……」
回っている。
まだ遅い。
まだ荒い。
それでも——
止まってはいない。
「……」
その事実が、重い。
「……」
思い出す。
あの人のことを。
「……」
母が倒れた時、何も言わずに、シフトを整えてくれた。
「行ってきてください!」
それだけだった。
「……」
子どものことも、当たり前のように気にかけてくれた。
「今日は大丈夫ですか?」
さりげなく。
「……」
あの時、助かったと。
ちゃんと、思っていた。
「……」
感謝も、言っていた。
言葉にはしていた。
「……」
でも、それだけだった。
「……」
若い方が入ってきて、空気が変わった。
速くて、勢いがあって。
目に見えて、動く。
「……」
そちらを、見た。
わかりやすい方を。
「……」
あの人は、変わらなかった。
変えなかった。
「……」
だから、後回しにした。
「……」
雑に扱っていたのは、自分だと気づく。
「……」
半休を取ることもあった。
両親の病院の付き添いだと、聞いていた。
それでも、穴は空かなかった。
「……」
どうやって回していたのか、考えもしなかった。
「……」
辛い、と言われたことがあった。
「……」
その時、流した。
「……」
大丈夫だろうと。
「……」
その直後に、若い方を褒めた。
目の前で。
「……」
喉の奥が、詰まる。
「……」
今なら、わかる。
あれは、きつかったはずだ。
「……」
紙の上へ、視線を落とす。
「……」
あの人の両親は。
今、どう思っているのだろう。
「……」
胸の奥が、重くなる。
「……」
「……これ、終わりました」
少しだけ強めに、若い方が言う。
「……」
手元を見る。
確かに、早い。
だが、揃いきっていない。
「……」
「……ここ、やり直して」
静かに言う。
「順番、違う」
「……はい」
今度は、少しだけ間がある。
「……」
若い方の手が、止まる。
「……」
わずかに、息を吸う音。
「……」
「……ちゃんとやってます」
ぽつりと、零れる。
「……」
年上の女性は、何も言わない。
ただ、見る。
「……」
「私、誰よりもやってます」
少しだけ、声が強くなる。
「……」
止まらない。
「……」
「なのに、なんで——」
言葉が、詰まる。
「……」
視線が、揺れる。
「……」
現場で言われた言葉。
さっきのやり取り。
全部、重なる。
「……」
そして、浮かぶ。
「……」
あの人の声。
「……」
——ちゃんと見てる?
——その順番でいいの?
「……」
「……」
喉が詰まる。
「……」
「……うるさいって思ってました」
小さく、零れる。
「……」
「母親みたいで」
笑えない笑いが混じる。
「……」
「でも……」
続かない。
「……」
「……あの人は」
やっと出る。
「……どんな時も、一言くれたのに」
「……」
言葉が落ちる。
「……」
「なんで、あんなに信頼されてたんだろうって」
「……」
視線が落ちる。
「……」
「自分より、動いてないって思ってたのに」
「……」
声が、揺れる。
「……」
「違ったんですね」
小さく、それだけ。
「……」
年上の女性は、何も言わない。
言えない。
「……」
ただ、そこにいる。
「……」
現場は、動いている。
止まらずに。
「……」
だが——
まだ、追いついていない。
「……」
回り始めたものは。
簡単には、整わない。
「……」
それでも、止めない。




