第十二話|選ばれたあと
舞踏会の余韻が、まだ残っている。
灯りは落ちているのに、空気だけが静まりきらない。
「……アリシア」
低く呼ばれる。
振り向けば、父が立っていた。
「お父様」
軽く礼を取る。
それだけで、十分だった。
「少し話せるか」
「ええ」
短く応じる。
「……」
人のいない廊へ移る。
足音が、静かに響く。
「王城に部屋を用意させる」
前置きなく、告げられる。
「しばらくは、こちらにいた方がいい」
当然の判断だった。
「……」
アリシアは、少しだけ視線を落とす。
考える間は、長くない。
「いいえ」
静かに、返す。
「一度、戻ります」
「……公爵邸にか?」
「ええ」
頷く。
「整理したいことがあります」
短く。
だが、はっきりと。
「……」
父は、何も言わない。
ただ、一瞬だけ見る。
「……そうか」
それだけだった。
否定も、制止もない。
「必要なものは、すぐに整えさせる」
「ありがとうございます」
それで話は終わる。
「……」
背を向ける。
迷いはない。
「……」
王城を出る。
夜気が、わずかに冷たい。
「……」
馬車に乗り込む。
扉が閉まる音が、静かに響く。
「……」
ゆっくりと、動き出す。
「……」
視線を外へ向ける。
王城の灯りが、遠ざかる。
「……」
自分の場所へ戻る。
公爵邸は、静かだった。
夜は、深い。
「おかえりなさいませ」
控えめな声が迎える。
「ただいま」
短く返す。
それだけでいい。
「……」
部屋へ向かう。
扉の前で、一度止まる。
息をひとつ吐く。
それから、開ける。
「……」
静かだ。
整っている。
変わらない空気。
「……」
一歩、入る。
その瞬間——
気配がある。
「……」
視線を上げる。
「遅かったな」
低い声が、落ちる。
窓際、灯りの中に影がある。
「……」
ルシアンが当然のように、そこにいる。
「……王城で待つと思ったか?」
わずかに、口元が緩む。
「来ると思っていたわ」
間を置かずに返す。
「……」
それで十分だった。
言葉は、それ以上いらない。
「……」
部屋の空気が、落ち着く。
静かに、自然に。
「……」
距離が、近づく。
触れないまま。
そのまま。
夜は、静かだった。
人の気配も、遠い。
「……」
窓の外に、月がある。
白く、揺れずに。
「……」
アリシアは、立っている。
一人で。
……ではない。
「……まだ起きていたのか?」
低い声が、背後から落ちる。
「ええ」
振り返らずに返す。
「少しだけ」
それだけ。
「……」
足音が近づき、止まる。
一歩分の距離で。
「……」
ルシアンが、隣に並ぶ。
何も言わずに、同じ方向を見る。
「……」
夜気が、少しだけ冷たい。
だが——
嫌ではない。
「……終わったわ」
アリシアが小さく言う。
「一つは、な」
すぐに返る。
「……」
視線を横へ動かす。
「まだあると?」
「あるだろう?」
穏やかに。
だが、揺れない。
「……」
アリシアは、息をひとつ吐く。
「そうね」
否定はしない。
「……」
少しの沈黙。
重くはない。
「……」
ルシアンの視線が、アリシアへわずかに落ちる。
「無理はするな」
静かに。
「していないわ」
短く返す。
だが——
少しだけ、柔らぐ。
「……」
風が抜ける。
カーテンが揺れる。
その瞬間、距離がわずかに近づく。
触れないまま。
「……」
ルシアンが、わずかに息を吐く。
「それは、失礼した」
低く、落ちる。
「……」
空気が、わずかに変わる。
「言い直そう」
静かに続く。
「……」
アリシアの視線が、わずかに動く。
「お前を選んだのは、最初からだ」
短く、迷いなく。
「……」
音が、遠のく。
「今も変わらない」
それだけ。
余計な言葉はない。
「……」
アリシアは、何も言わない。
ただ、前を見る。
月は変わらず、そこにある。
「……」
だが——
肩の力が、わずかに抜ける。
「……」
一瞬だけ、目を閉じる。
それから、開く。
「……進むわ」
誰に向けるでもなく。
「当然だ」
迷いなく、すぐに返る。
「……」
そのまま、並ぶ。
変わらない距離で。
だが——
もう、同じ距離ではない。
「……」
夜は、静かだ。
だが、止まってはいない。
「……」
選んだのは、自分だ。
そして——
選ばれていることも、知っている。




