第十話|届いてしまった言葉
電話の音が、重なる。
切れても、すぐに次が鳴る。
間を置かない。
「……はい」
受話器を取る。
声を整える。
「……申し訳ありません」
癖のように、先に出る。
「……」
向こうの声は、止まらない。
短く、鋭く。
「いつまでに」
「誰が判断しているのか」
「なぜ進んでいないのか」
「……」
答えが、出ない。
「……確認して、折り返します」
それしか言えない。
「……」
静かに、通話が切れる。
だが、逃げ場はない。
「……」
受話器を置く。
指先に、力が残る。
抜けない。
「……」
机の上を見る。
紙は動いている。
若い方が、処理している。
迷いなく、速い。
「……」
だが——
揃っていない。
順番が崩れている。
積み方が浅い。
流れが、繋がらない。
「……」
その手元に、視線が止まる。
「……」
雑だ、と思う。
その瞬間、言葉が引っかかる。
「……」
——ちゃんと見てる?
——その順番でいいの?
——後で困るよ
「……」
何度も聞いてきた言葉。
だが——
自分に向けられたものではない。
「……」
若い方に向けて、繰り返されていた。
そのたびに、聞き流していた。
「……」
余裕がなかった。
自分のことで、いっぱいいっぱいで。
「……」
だから、任せていた。
あの人に。
「……」
気づいていたはずだ。
丁寧に整えてから流していること。
言葉を拾って、繋いでいること。
「……」
それでも、深くは見なかった。
見ようとしなかった。
「……」
若い方が、電話に出る。
「はい!大丈夫です!」
明るく、返す。
「勉強になります!」
間髪入れずに。
「……」
電話を切る。
若い方が、少しだけ肩をすくめる。
「前に言ったことあるんですよね」
軽く、思い出すように。
「そういうの、ちょっと自分軸じゃないですかって」
「……」
思わず、視線が上がる。
「……誰に?」
言葉が、先に出る。
「え?」
若い方が、こちらを見る。
「あの人ですけど」
あっさりと、返る。
「……」
言葉が、続かない。
一度も、彼女から聞いたことがなかった。
「……」
あの人は、何も言わなかった。
その言葉を、一度も。
「……」
ただ、いつも通りに。
整えて、流していた。
「……」
胸の奥が、静かに沈む。
「……」
若い方の手が、止まらない。
速い。
だが、荒い。
「……」
止めなかったのは、自分だと気づく。
見ていたのに、流していた。
「……」
任せていたのではない。
背負わせていた。
「……」
あの人は、違った。
丁寧に、受けていた。
言葉を、拾っていた。
一つ一つ。
「……」
現場からの電話。
少し強い言い方でも。
声を荒げずに、言葉を整えて返していた。
「……」
信頼が、あった。
だから、任されていた。
「……」
それを、近くで見ていながら。
「……どうにかできてない」
そう思っていた。
時間も、距離も、関係なく。
「……」
違う。
できる範囲で、やっていた。
繋げていた。
「……」
自分は、任せていただけだ。
「……」
電話が、また鳴る。
今度は、少し強く。
急かすように。
「……」
手を伸ばす。
今度は——止めない。
「……はい」
受話器を取る。
「……状況、共有させてください」
先に言う。
「……」
向こうの声が、わずかに止まる。
「現在、判断が止まっています」
はっきりと、逃げずに。
「ですが、こちらで整理します」
言い切る。
「……」
自分で、初めて言っている。
「……」
胸の奥のざわつきが、形になる。
「……少しお時間をください」
それだけ言って、切る。
「……」
静かになる。
さっきとは違う静けさ。
「……」
机を見る。
紙は同じ。
だが——見える。
流れが、止まっている場所が。
「……」
少し深く、息を吐く。
「……一回、止めるね」
若い方に言う。
「……え?」
初めて、手が止まる。
「順番、決める」
短く。
「そのあとで流す」
「……」
若い方が、黙る。
「……」
あの人が、やっていたこと。
ようやく、理解する。
「……」
遅いけど、気づいた。
「……やろう」
今度は、迷わない。




