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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第一章|壊れる前に消えた私

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第二話|任せるという選択

馬車は、静かに揺れていた。

規則的な振動が、身体に伝わる。


「……」


アリシアは、目を閉じたまま動かない。


眠っているわけではない。


ただ——


考えないようにしている。

考えれば、また抱え込む。

それが、わかっているから。


「……」


それでも。


浮かんでくるのは、あの場の光景だった。


軽い声。

責任のない言葉。

そして——視線。


「……終わった」


小さく、呟く。

それだけでいい。

それ以上は、いらない。

胸の奥に、空白がある。


だが——

不思議と、重くはない。


「……任せる」


さっき口にした言葉を、もう一度なぞる。


まだ、ぎこちない。

それでも、今までとは、違う。


「……」


ゆっくりと目を開ける。


窓の外に、王都の街並みが流れる。


見慣れているはずの景色が、どこか遠い。


やがて、馬車が速度を落とす。

見慣れた門扉。

ヴァルディエール公爵邸。


整えられた庭。

乱れのない動線。


——ここは、崩れていない。


「……」


馬車が止まり、扉が開く。


「お帰りなさいませ」


整った声が、迎える。


乱れのない所作。

淀みのない流れ。


アリシアは、わずかに頷く。

そのまま、屋敷の中へ。


足音が、廊下に静かに響く。


無駄のない空間。

整えられた気配。


「……」


執務室の前で立ち止まる。

扉の向こうに、気配がある。


変わらない。

揺るがない場所。


「……」


一度だけ、息を整える。

それから、扉を叩く。


「入りなさい」


低く、落ち着いた声。


「……失礼いたします」


扉を開ける。

室内にいるのは、一人。

アルベルト・ヴァルディエール。


書類に目を落としていた視線が、上がる。


「……戻ったか」


短く。

それだけで。


「……はい」


アリシアは、頷く。

余計な言葉は、いらない。


「……」


一瞬の沈黙。

だが、不自然ではない。


すべてを見通しているような静けさ。


「……何をした?」


低く、落ちる。

責める声音ではない。

だが——逃げ場はない。


「……婚約を、一方的に打ち切ると……そう言われました」


簡潔に、告げる。


「……そうか」


紙の音が、止まる。


「侯爵家の次男が」


わずかに言葉を区切る。


「公爵家に対して、随分と軽い振る舞いをしたものだ」


静かに、温度が落ちる。


「何も理解していないな」


それで、怒りは終わる。


「正式な手続きはこちらで処理する」


淡々と、すでに決まっている声で。


「相応の対応も、だ」


短く、続く。


「それと——新たな縁談も用意できる。

王都に限らず、国外も含めてな」


外務大臣としての声音。

選択肢を並べるだけの、現実的な言葉。


「……」


アリシアは、わずかに息を吸う。


疲労が、まだ身体に残っている。

思考が、重い。


「……今は」


言葉を選ぶ。


「少し、休みたいのです」


正直に、告げる。


「領地へ行きます。静養も兼ねて……」


「……今の状態で、か」


静かな確認。


「はい」


迷いはない。


「休むだけでは、足りません」


続ける。


「領地の現場を、見ておきたいのです」


「……」


沈黙。

見極めるような、時間。


「私は王都を離れられない」


父が、告げる。


「外務は、空席にできん」


現実の制約。


「領地は、遠縁に任せてある。……あまり、良い報告は上がっていないがな」


わずかな含み。


「……いいだろう」


結論は、早い。


「お前がそう判断したのなら、任せる。人はつける。

だが、口は出さない」


視線が、重なる。


「責任も含めて、お前に任せる」


「……はい」


小さく、だが確かに応じる。


「——ただし、無理はするな」


短い一言。

それだけで、十分だった。


「……」


アリシアは、静かに頭を下げる。


「失礼いたします」


扉へ向かい、開ける。

外へ出る。


静けさが戻る。


「……」


息を吐く。

さっきとは違う。

少しだけ、深く。


「……任せる」


もう一度、口にする。

今度は、迷いなく。


「……」


歩き出す。


次は——領地。

崩れている場所へ。


そして、やり直す。

そのために。


「……」


廊下の先で控えていた使用人が、一歩前に出る。


「お嬢様」


控えめな声。


「領地より、急ぎの報せが」


差し出される封書。

封蝋は、乱れている。


「……」


嫌な予感が走り、受け取る。

開き、視線を落とす。


「……」


書かれている内容を、追う。


一行。

また一行。


「……これは」


思わず、言葉が落ちる。

顔を上げる。


「馬車の用意を!」


声が、変わる。


「すぐに!」


「は、はい!」


使用人が走る。


「……」


封書を握る。

紙が、わずかに軋む。


——想像以上だ。

そう、理解する。


「……」


足を止めない。

そのまま、進む。


領地へ。

崩れている場所へ。


そして——

本当の意味で、向き合うために。

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