第三話|選ばれない側
音楽は、途切れない。
同じ旋律が、何度も繰り返される。
灯りも、変わらない。
人も、減ってはいない。
それでも——
何かが、はっきりと違う。
「……」
バルドは、立ち止まる。
人の流れの中で、自分だけが、わずかに外れている。
「……」
視線を動かす。
誰かと目が合う。
だが、すぐに逸らされる。
一度ではない。
二度でもない。
「……」
偶然ではない。
そう気づくまでに、時間はかからなかった。
「……」
グラスを持つ手に、力が入る。
氷が、かすかに音を立てる。
「……ねえ」
ソフィの声が、近くで揺れる。
「さっきから、なんか変じゃない?」
少しだけ、小さい。
先ほどよりも。
「……別に」
短く返す。
視線は動かさない。
「気にするな」
それだけ言う。
「……でも」
ソフィが続けかける。
その声を、遮るように。
「バルド様」
呼ばれる。
はっきりと。
「……」
振り返る。
そこにいるのは——
王都の上層に連なる一人。
表情は、整っている。
だが、近づいてはこない。
距離を保ったまま、立っている。
「少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
丁寧な言葉。
崩れない口調。
「……ああ」
軽く返す。
いつも通りに。
「いいぞ」
一歩、近づこうとする。
だが、相手は動かない。
その場で、止まったまま。
「……」
距離は、縮まらない。
「本件につきまして」
静かに、続けられる。
「すでに方針が定まりました」
「……は?」
思わず、声が落ちる。
「今後の対応につきましては」
言葉が、途切れない。
整ったまま。
「ヴァルディエール公爵家のご意向に従う形となります」
「……」
一瞬、理解が、遅れる。
「……いや、待て」
思わず、言葉が出る。
「それ、どういう——」
「詳細につきましては」
静かに、被せられる。
「直接のご説明は控えさせていただきます」
「……なんでだよ」
抑えきれずに声が、少しだけ荒くなる。
「これまで通りでいいだろ」
「……」
相手は、答えない。
ただ、一礼する。
形式だけの、動き。
「失礼いたします」
それだけを残して、背を向ける。
「おい、待て」
呼び止める。
だが、足は止まらない。
そのまま、離れていく。
「……」
残るのは、音楽と人の気配。
「……」
バルドは、立ち尽くす。
グラスの中の氷が、溶けかけている。
音が、鈍い。
「……ヴァルディエール……?」
小さく、呟く。
聞き慣れた名前。
だが、今は遠い。
「……」
視線を上げる。
会場の奥。
灯りの中心。
人が、集まっている。
自然に、吸い寄せられるように。
「……」
その中心にいるのが 誰なのか。
もう、わかっている。
「……」
足が、動かない。
さっきまでとは違う。
進もうとして、止まる。
「……ねえ」
ソフィの手が、袖を掴む。
少しだけ、強く。
「今の、どういうこと?」
声が揺れる。
はっきりと。
「……」
バルドは、答えない。
答えられない。
「……」
名前が、呼ばれない。
視線が、止まらない。
距離が、埋まらない。
「……」
その全部が、一つに繋がる。
「……」
選ばれていない。
ただ、それだけのこと。
「……」
音楽は、変わらず流れている。
灯りも、同じように揺れている。
だが——
もう、同じ場所ではない。




