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抱え込みすぎて壊れる前に消えた私が、別の世界でやり直したら  作者: 絵宮 芳緒
第ニ章|選ばれるということ

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第一話|呼ばれない名前

音楽が、流れている。


高い天井に触れて、やわらかく返る旋律。


燭台の灯りが揺れ、磨かれた床に細く映る。


本来なら、軽やかに感じるはずの夜。


だが——


どこか、遠い。


「……なぁ」


声をかける。

すぐに届く距離へ。


「……」


返事は、ない。


グラスを持つ手が、わずかに止まる。

それでも、振り返らない。


「ちょっと」


もう一度、呼ぶ。

少しだけ、強く。


「……あ」


ほんの一瞬、視線が合う。

すぐに、外される。


言葉は残らない。

足音だけが、離れていく。


「……なんだ、それ?」


いつも通りに、軽く小さく笑う。


「感じ悪くないか?」


隣で、ソフィが首を傾げる。

柔らかな髪が、肩の上で揺れる。


「気のせいじゃない?」


くすりと笑う。

だが、その声は少しだけ浮いている。


「……」


バルドは、肩をすくめる。


グラスを傾ける。

氷が、わずかに触れ合う音。


「まあ、いいだろ」


軽く流す。

そうするのが、いつものやり方だ。


「……」


会場の奥へ、視線を移す。


人が集まっている場所。

灯りが少しだけ明るい。


本来なら——

自分の方へ流れてくるはずの視線。


「……」


今日は、違う。

視線は、通り過ぎる。


触れても、止まらない。


「……」


バルドの指先が、グラスを持つ手にわずかに力を込める。


気づかない程度に。

だが、確かに。


「……」


誰かの笑い声が上がる。


弾むような声。

だが——近くではない。


「……」


近くの会話は、小さい。


抑えられている。

混ざらない。


「……なんだよ」


思わず、低く零れる。


「さっきから」


続けようとして、止まる。


言葉にすると、形になる。

それを避けるように。


「……」


ソフィが、腕に触れる。

柔らかく、寄り添うように。


「気にしすぎよ」


やわらかな声。


「みんな忙しいだけ」


「……」


その温度に、少しだけ寄りかかる。

そう思う方が、楽だ。


「……」


だが、名前が呼ばれない。


「……」


誰も、口にしない。

挨拶もない。

軽口もない。


いつもなら自然に交わる距離が、そこにない。


「……」


バルドは、眉をひそめる。


わずかに、表に出ない程度に。


「……」


遠くで、誰かの名前が呼ばれる。


はっきりと、丁寧に。

二度、重ねて。


「……」


耳に残る。

だが、自分ではない。


「……ねえ」


ソフィの声が、少しだけ低くなる。


「なんか、変じゃない?」


先ほどよりも、わずかに不安が混じる。


「……」


バルドは、答えない。


代わりに、足を動かす。

床に映る光を踏み越えて、人の集まりの方へ。


「ちょっと、聞いてくる」


変わらない調子で、軽く言う。


そうすれば——

戻るはずだ。


いつもの位置に。


「……」


一歩、踏み出す。

衣の裾が、わずかに揺れる。


「……」


その一歩が、ほんの少しだけ重い。


「……」


気づかないふりをする。

そのまま、進む。


「……」


まだ——

何も、失ってはいない。


そう思いながら。

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