失ったもの
よろしくお願いします!
「モモを……モモを、返しなさいよ!!」
目の前の悪魔に、ココアちゃんが悲痛な叫びを投げかける。それに伴って皆は、エミのことを睨んでいた。
エミは、四人に睨まれてもなお、その笑みを崩さずにこちらを見下ろしている。
「現実には影響しないって言ったのに!もどしてよ!」
その視線に耐えきれず、キナコちゃんも言葉を発した。それは、初めの頃のエミの言葉を指摘したもので、エミは現実のものには影響しないと言っていたのだ。それが、現在、現実でモモちゃんの事を忘れてしまっている。話が違うと言いたくもなるだろう。
これに対してエミは心底不思議そうな顔をして、
「えー?エミは現実の物に影響しないって言ったんだよ?記憶と認識は、物じゃないでしょ〜?」
などと、のたまった。
絶句。エミの言い分に、この場の誰もが言葉を失った。こんな事、納得できるはずもない。突然、夢の世界とかいう知らない場所に連れてこられて、そこで死んでしまうかと思うくらい怖い思いをさせられて、しまいには大切な記憶の一部を奪われるのだ。
それは、理不尽で。そして、その理不尽は、無慈悲だ。
愕然とする皆を前に、エミは、
「それじゃあ、もういい?そろそろ、はじめるよ〜」
と、呑気な口調で話を終わらせようとする。
もはや、誰も言い返すことなどできなかった。
*
エミが開始の宣言をして姿を消してから、少し時間が経った。しかし、私たちはその場を動けずにいた。
そんな状態の私たちを敵が放っておくはずもなく、ウサギが一羽、角を突き出しながら向かってくる。
反応したのはクレアさんだけだった。他の皆は、気づいた様子もなく、俯いている。
クレアさんによって難なく処理され、彼女はそのまま周囲の警戒を始めた。
その様子を見て、まだ少し話をする時間があると判断した私は、皆に向かって話しかける。
「皆……今ね、敵が来たよ。クレアさんが倒してくれたけど、また来るかもしれない。だから……」
「話しかけないで」
私に向かって拒絶をしたのはキナコちゃんだった。彼女は、まるで私を避けるようにクレアさんの側へと寄っていった。
残った二人にも私は話しかけた。しかし、
「あんたに!あんたには、私たちの気持ちがわからないでしょ!!?どうして、あんたがここにいるのよ!!」
「……え?えっと、私も友達……」
「あんたなんてお呼びじゃないの!!もう……話しかけないでよ……」
と、気が立っているココアちゃんに心にもないだろう言葉を叩きつけられる。私たちの中でも、一番感情的な彼女は最後には泣きながら俯いた。その間、ミルクちゃんはずっと黙ってココアちゃんの側にいた。
ココアちゃんが泣き叫んでいるときも、敵は何回か来ていた。むしろ、その声に反応していたのだろう。
キナコちゃんが泣いているのもあり、彼女の指示よりも早く、クレアさんが動き出して次々と敵を倒す。
そんな、涙も流さない彼女を見て、キナコちゃんはつい、
「クレアは、悲しくないの……?」
と、疑問の言葉を口にしてしまった。
その瞬間、ウサギが、耳を斬られるのではなく、脳天から頭をかち割られた。
その様子は、刀を叩きつけるようであり、八つ当たりをしているように見えた。
そして、クレアさんは、瞳に涙を溜めながら、
「そんなわけ、ない!それでも、私はエミなんかより、さらに誰かを失うほうが怖いの……!もう、誰もいなくなってほしくない!!だから、私は、戦うしかないの……」
と、自身の思いを吐露した。
涙のために、言葉尻がすぼんでいたが、その目は、表情は、皆を守ると決意したものだった。故に、敵が来た際、すぐに動けたのだろう。もし、クレアさんがいなければ失意のまま、そのまま皆、やられていたかもしれない。
彼女の言葉を聞いて、キナコちゃんは涙を拭って、皆を見た。ミルクちゃんとココアちゃんは、互いに支え合いながら立ち上がり、クレアさんの側へとよっていく。
三人は、クレアさんの言葉に感化されて、戦う意思が辛うじて湧いたようだった。
それでも、私たちの間のお通夜のような空気が完全に晴れる事はなく、逆にクレアさんが少し落ち込んだ様子を見せていた。
*
クレアさんの言葉に戦う意志を奮い立たされたものの、そう簡単に気持ちを切り替える事はできなかったようで、ココアちゃんは、
「ミルクをあんたには任せておけない。私がミルクを支える」
と、言って聞かなかった。これさ、特にミルクちゃんの事を忘れてしまうことを恐れているという理由だろう。そのことが容易に予想できるためか、他の皆も彼女を止めず、ミルクちゃんの補助にはココアちゃんとキナコちゃんが入ることになった。
しかし、それでは私のすることが減ってしまう。それこそ、ユニコーン相手だと、私では動きを追いきることができないため、動きを先読みしても伝えることが叶わない。そのことを伝えようとするが、皆はすでにその場から移動を始めていたため、私は慌てて置いていかれないようについていった。
その後、何度か戦闘を繰り返した。私の役割として明らかに危険なときに次の動きを伝えるのだが、その回数が目に見えて多くなっており、皆の動きはかなり精彩を欠いていた。考えずとも、モモちゃんが抜けたことによる影響だとわかる。
また、ココアちゃんが防御に比重を置き、攻撃の回数が少なくなる事でクレアさんの負担が大きくなった。
これにより、敵の殲滅速度は落ち、敵の種類が増えたことでとうとう破綻した。
初めはカメレオンだけだったが、それらは優先的に処理され、現在は新たに参戦してきたウサギとトリと戦っていた。
元々、トリはクレアさんの超人的な反応速度で倒していた。しかし、今の彼女はギリギリのところでトリを対処しており、すれ違いざまに倒せずに避ける、なんてことが多くなっていた。
そんな状況で、ウサギがクレアさんの横腹を目指して突撃してきたのである。その角は彼女の脇腹を掠め、その隙をつかれてトリに左足を斬られてしまった。何とか、ウサギだけは倒し切るも、空を飛ぶトリは未だ数羽残っている。
そして、その全羽が一斉に足を傷つけられてよろけた彼女へ、とどめを刺さんとして一塊になって飛んでいった。
クレアさんは足の切り傷によって動くことができず、その場に座り込んでいる。あと少しで、彼女へとトリの凶刃が届きそうになっていた。
「させないわよ!!!」
間一髪のところで、まとめてトリを爆散させたのはココアちゃんだった。トリの動きは真っ直ぐで、その全てがクレアさんに向かっていたため、何とか当てることができたらしい。そのまま、ココアちゃんはクレアさんに肩を貸して歩き出す。
「大きな音出しちゃったから、逃げないと……それにしても、モモがいなきゃ、ユニコーン以外の相手にこれとはね……グスッ、クレアもやられちゃうし、どうしたらいいのよ……」
友を失いかけたことの恐怖から、ココアちゃんの口から泣き言が漏れる。
「ココア……ごめん」
「謝んないでよ!クレアだって、ミルクと同じくらい大切なのよ!モモだって……」
モモちゃんの抜けた穴は大きく、戦闘面でも、精神面でも塞げそうにない。皆、下を向き落ち込みながら、急いでその場から離れる。
夢の世界は、こんな時だからこそ、絶望を運ぶ。
「……っ!?……なんで、どうして!?私たちに……悲しみにも浸らせてくれないって言うの!!?」
「キナコ、ちゃん……?まさか……」
そのまさかであった。
絶望が、ユニコーンが、私たちに狙いを定めたのだ。
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