険悪、そして希望
よろしくお願いします!
目の前に広がる光景は、やけにゆっくりと見えた。
私のすぐ近くにある黒々とした角。
それは、誰かを害するためだけにあるもので、その先にいたのは私だった。私だった、のだ。
私を突き飛ばし、今、その角の脅威に晒されているのは、モモちゃんだった。角の先端が向かっているのは、モモちゃんの胸の辺り、つまり、心臓だ。
あと、一秒もしない内に彼女の心臓は穿たれるだろう。
しかし、私は突き飛ばされたことにより、彼女を助けることができない。手を伸ばすが、あと一歩届かない。こんなのはダメだ。私を庇ってやられるのは、絶対に許さない。私は、他の二人に助けを求めるように視線を飛ばした。
「……っ!ココアぁぁぁぁ!!!!!」
「間に、合えぇぇ!!!」
クレアさんの絶叫にも近い呼び声に、ココアちゃんは瞬時に反応し、言われずとも行動へと移った。
ココアちゃんが叫ぶと同時に鳴る二度の爆発音。一度目は、彼女がクレアさんへと近づくための爆発。二度目は、クレアさんの背中へと放たれた爆発だ。
二度目の爆発は、一度目よりも威力が高く、クレアさんの衣装は破け、背中も少し焦げていた。
しかし、当の本人は気にした様子もなく、爆発の勢いに乗ったまま、刀を構えて一直線に駆ける。
その速度はまるで風を置き去りにしているようで、彼女の通った後には強い風が吹いた。
そのまま、モモちゃんを横から掻っ攫うようにして、ユニコーンの角の向かう方向からずらす。だが、このままでは、クレアさんがいくら速いとはいえど、すぐそばまで迫っていた角が当たってしまう。
その場にいた誰もが、もう無理だと、そう思った。しかし、クレアさんは違った。モモちゃんを抱えると、即座に刀を角へと叩きつけて、その反動を使うことで難を逃れたのだ。
角の向かう先には、誰もいなくなった。
ユニコーンは、木を何本も倒して轟音を鳴らしながら、森の奥へと直進していった。
遠くから轟音が鳴り響く中、私たちの場には静寂が広がっていた。
数秒後、まるで示し合わせたかのように鳴る終わりの鐘。私たちは、一人も立っていない。立ち上がれない。だが、五日目も何とか生き残ることに成功したようだった。
*
翌日、またいつものように夢の世界へと呼び出された。今回は私が後の方だったのか、周囲から声が聞こえる。
だんだんと意識がはっきりとしていくなか、聞こえてくる声が不穏な雰囲気を醸し出していることがわかる。
「キナコ!!何をしたかわかってるの!!?あのままじゃ、ユユちゃん、死んじゃうところだったんだよ!?」
「何って、ミルクを助けようとしただけじゃん!!あのままだったら絶対にミルクがやられてた!!それに、この世界でやられても死ぬことはないって、現実には影響しないって言ってたんだし、そこまで言うことないじゃん!!」
「な……!?キナコ、言って良いことと、悪いことがあるんだよ!現実に影響しないって言ってたけど、それはそれ以外の何かには何らかがあるってことでしょ!!?そのために、今まで頑張ってきたんだよ!!!?」
「うるさい!!じゃあ、どうすればよかったって言うの!!?」
私が起きると、モモちゃんと、キナコちゃんが喧嘩をしていた。手が出ることは今のところないようだが、互いにかなりの剣幕で言い合っている。ミルクちゃんはそのそばで申し訳なさそうな顔のまま俯いていた。
「モモちゃん、いいよ。無事だったんだし……結果的にみんな助かったから、ね?」
私がモモちゃんを宥めると、私に気づいていなかった彼女はとても驚いた様子で、それでいて申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
「ユユちゃん、だめだよー……本当に危なかったんだよー?」
「ううん、いいの。それよりさ、モモちゃん」
「なーに……?」
「助けてくれて、ありがと!」
私は彼女を安心させるためににっこりとした笑みを浮かべて、昨日のことに感謝の意を伝える。
その後、現れたココアちゃんとクレアさんに、モモちゃんは抱きつきながら、六日目が開始するまでずっとお礼をしていた。
「それじゃあ、頑張ってね〜!」
エミの合図により、これから一時間、生き残るための戦いが始まる。作戦は昨日と同じで、少しでも異変を感じたら、すぐに報告ということになった。
今日、一番に会った敵は、ウサギとカメレオンだった。カメレオンは捕まると厄介ではあるので、ミルクちゃんが壁をはり、ココアちゃんが軽く注意を引きつけつつ、数羽倒している間に、クレアさんによって早々に処理された。
そのまま、彼女によって残りのウサギも処理されるかと思われたが、突然、
「ミルク、ウサギで壁の練習をしよう」
と、言い出し、刀をしまった。
「ど、どういう、こと……?」
突然、言われた言葉にミルクちゃんは戸惑った。そもそも、ミルクちゃんの壁を使えばウサギの攻撃はぎりぎり防ぐことができる。そこに、モモちゃんの支援や、支える人がいれば、あのユニコーンの攻撃すら防ぐことが可能なのだ。
そのため、今更、何を練習するのかという疑問に辿り着く。
「昨日のユニコーンの異常な強さの攻撃でも、ミルクの壁は少しの間だけど耐えることができた。だから、真正面から受け止めるのではなく、壁に角度をつけて受け流せないかと思って」
「なるほど、それならミルクも無事でいられるわね。けど、難しくない?」
「そう、難しい。けど、やるしか道はない。それに、横だけじゃなくて上に反らせれば、弱点の腹を狙える」
ユニコーンへの対応策だけでなく、未だに勝つ方法を考えていたクレアさんに皆は驚いていた。だが、難易度は高くとも希望が見える提案に反対する者はいなかった。それに、ちゃんとウサギから試して段階を踏むのだ。試してみる価値はあるだろう。
早速、ウサギを相手に練習を開始した。その間に現れた敵への対応は、キナコちゃんによって事前にわかるものに関してはクレアさんがしてくれるそうだ。しかし、隠れたウサギがいるかもしれないため、他の人はそれぞれ別方向を監視することになった。
「赤くなったら叫ぶ前に斬るから、ゆっくりでいいよ。それじゃ、まずは両手から」
ミルクちゃんは、両手を前に出して壁を作り、ウサギの攻撃を受ける。その攻撃の前に、少し壁をななめにすると、壁の表面を滑るようにしてウサギが受け流された。
「ミーちゃん、すごーい!一発だよ、一発!」
「さすがミルクね、かわいいわ」
一回目で成功させたミルクちゃんに対して、賞賛の声が上がる。一人、何か違った気もするが。
「いい感じ。それじゃ、次は片手でやってみよう」
「……え!?も、もう?片手、は、前に失敗、してるよ……?」
「むぅ?あれは、正面からだったでしょ。受け流すっていうのは力の方向を変えることだから、弾かれることはないと思うよ」
「で、でも……」
以前の失敗を思い出してしまい、ミルクちゃんは挑戦を渋っていた。しかし、あのユニコーンの異常な攻撃を想定するなら、正面からだと力が足りない場合も練習するべきだ。それができれば、最悪の場合、私たちの補助がなくても後ろ蹴りくらいまでなら防ぐことが可能になるかもしれないからだ。
「クーちゃん、もうワンクッション!」
「むぅ……?急にどうしたの?」
「あ、えっとー、もしものために、後ろに一人いるといいんじゃーって」
「それじゃ、そうしよう。ミルク、それならいい?」
モモちゃんの言葉にクレアさんはあっさりと納得して、ミルクちゃんに許可をとる。ミルクちゃんもこれには、それなら、と言って了承した。
「それならー、ユユちゃんがいいんじゃない?ユニコーン相手でも一緒にやるんだし!」
ミルクちゃんの補助に、私がモモちゃんに推薦される。その理由であるならばキナコちゃんでもいいはずだが、私が宥めた後も、未だにキナコちゃんのことを許していないらしく、今日は一度もキナコちゃんの方へ顔を向けていない。この六日目が始まる前にあったことを知らないココアちゃんとクレアさんは、いつもと違う様子のモモちゃんのことを訝しんでいた。
一方のキナコちゃんも、会話に入ってくる様子はなく、先ほどのモモちゃんの言葉に文句の一つも挟まなかった。
当の本人が何も言わないことから、他の人が突っ込むこともできず、そのまま私がミルクちゃんの補助をすることになった。
ちなみに、この間にクレアさんによってウサギが三羽ほど切り捨てられている。
まだ新しいウサギを相手に、練習を開始するも、ミルクちゃんはあっさりとこなしてみせた。その後、私の補助なしで挑戦しても一度で成功させ、念のため数度繰り返したが一度も失敗しなかった。
「……これ、なら皆を、守れる……かな」
ミルクちゃんは自身が一番驚いていたが、その後にボソッとつぶやいた言葉を聞くと、今回のことで少し自信がついたようだった。
*
ミルクちゃんが、ウサギを相手取った壁による受け流しをあっさりと成功させたために、今日の時間はまだそれなりに残っている。
昨日、起こった異変により、一度の戦闘時間は長くなり、それはその場に止まる時間が長くなることに等しい。また、キナコちゃん曰く、初めの頃はあまり気づかなかったが、日を重ねるにつれて敵が増えているという。
こうなってしまえば、ユニコーンとの遭遇はもはや避けられるものではなくなってしまった。今日は、出来るだけ避けるために遠ざかっていたが、結局、残り十分くらいで見つかってしまった。
そして、最悪なことに今回、遭遇した場所はもりではなく、岩場だった。
逃げても森よりも視界がひらけているためにすぐに見つかる。であれば、とれる作戦は昨日とほぼ同じで、ひたすら耐えることだけだった。その上、攻撃の回数はかなり増えることも予想された。
これは昨日よりも危険な戦いになると覚悟する。
しかし、結果として、昨日の戦いよりも有利にことが運んだ。
というのも、ミルクちゃんが一度も失敗することもなく、全ての攻撃を受け流したからだ。角による突きはその時々で上下左右の様々な方向に、後ろ蹴りに対しては上に反らすことでユニコーンのバランスを崩すことにすら成功していた。
さて、そんな風にあしらわれて、焦れったい思いをさせられたユニコーンはどうなるか。それは、明白だった。
角を天に掲げ、その上で空を集める。垂れてきた黒に彩られる紋様。
私たちの足で、避けることは敵わない。
ミルクちゃんとキナコちゃん、そして私は構える。ココアちゃんとクレアさんはもしもの時のために待機している。
この成否により、今後の命運が変わると言っても過言ではない。
「くるよ!」
クレアさんの合図の後、凄まじい速度で角を突き出してくるユニコーン。その衝撃を完全に受け流すことは叶わず、かなり腕に負担がかかる。
今までは攻撃が壁の表面をすべるようにして受け流すことができていたが、今回は異なり、角の先が少し壁に刺さっていた。
それでも、壁を傷つけながら徐々に横へとずれていく。
「もう、すこ、し!!!」
ミルクちゃんが壁の角度をさらに大きくした。これにより、先ほどまでよりはやく角が動き、壁に一本の線を入った。
このことで、一度、壁は消えてしまった。だが、当のユニコーンは逸らした方向へと吹き飛ぶように突っ込んでいった。
私たちは、ユニコーンの最大と思われる攻撃から身を守ることに成功したのだ。
この時、初めて、私たちに生き残るための希望が見えたのだった。
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