植え付けられた恐怖
よろしくお願いします!
「むぅ……?新手って、ウサギ?それとも、またカメレオ……んっ!?」
「……っ!?皆、逃げてぇ!!!?」
キナコちゃんは、突然、声を荒げ、その場からの退避を促した。戦闘の直後で気が抜けていたのか、それともそれがかなり遠くにいたのか、私たちはすぐに気づけなかったが、キナコちゃんは自身のできることによっていち早くきづいたらしい。
それは、初日にも感じた強烈な存在感、威圧感で。キナコちゃんのできることでなくとも、かなりの速さで近づいてきているのがよくわかった。
「どっち、に……!?」
「皆、離れちゃダメよ!他のやつだっているんだから!」
「けどー、このままじゃ追いつかれちゃうよー!!!?」
それから感じられる恐怖は、エミには劣るがウサギなどの数倍。しかし、言い換えるとエミにつぐほどなのだ。それが、足音を鳴らしながら後ろから追いかけてきているため、パニックに陥ってしまっていた。
その足音は、パカラッパカラッと馬が走っているときの音のようで、しかし、その音から感じられる重さは馬よりも数段大きい。
どれくらい走ったのか。キナコちゃんを先頭に、考える暇もなく敵のいない方向へと逃げていると、必然的に森の外に出てしまった。近くに岩があるが、森と比べるとかなりひらけている。これでは、木に隠れることもできないが、だからといって行動を止めるわけにもいかない。最早、取る術はひたすら走るか、迎え撃つかの二択になった。
「キーちゃん!どーするのー!?」
「どーするって、もう逃げられないよ!!」
「むぅ……私が引きつけるから、その間に……」
「「「「「だめ!!!!!」」」」」
私たちが慌てていると、クレアさんが一人、囮になるなどと言い出すが当然、却下だ。誰かを見捨てるなんて選択肢は存在しない。
「……わかった。皆、迎え撃つよ。作戦は、基本的には一緒。モモは力の支援を。ミルクはモモを守って。ココアは敵が見えたらすぐに爆弾の準備。キナコは弱点を教えて。ユユは、ひとまず、能力の分析。気をつけないといけないことがわかったら教えて」
クレアさんの指示でそれぞれが、各々のできることの準備をし、迎え撃つ構えをとる。
念のため、森からすこし離れた場所にある岩に身を隠し、それが出てくるであろう森の方向を見つめる。
数秒後、それは姿を現した。
体躯は馬と同様、しかし、大きさはその倍はある。すらりとしたフォルムで、毛並みも艶やかだが、その肉体の密度は高く、引き締まった筋肉をしている。馬について詳しくない人が見ても、美しいと、そう思うだろう。
そして、何よりも特徴的であるのが、額から伸びた一本の鋭い角だ。これにより、その馬が幻想の世界の動物だということがよくわかる。
私たちの目の前に現れたのは、ユニコーンだった。
では、なぜそんなに美しく、荘厳なユニコーンに対して、エミに次ぐほどの恐怖を覚えるのか。
理由は特に、角と尻尾にあった。角は悪魔を思わせる禍々しいもので、その上、角から全身に紋様が走っていた。尻尾も馬のものではなく、黒くて艶のある、細長く、先にハートのような形をしたものが付いている悪魔の尻尾だ。
全身に、悪魔の特徴が紋様を含めて三つ。エミと比べて足りないものといったら羽くらいだ。
それほどの存在であるユニコーンは、森から出て迷わずに私たちのいる方向に角を向けて、嘶きと共に、歩みを進めていた。
「ココア!ユユ!」
「一分!それが私の限界よ!けど、それでも倒せない!?」
「……能力だけなら五分だよ!」
クレアさんに問われ、それぞれのできることに必要な時間を述べる。
「……!わかった、ココアはそのまま続けて、たまったら合図をお願い。ユユは……能力じゃなくて動きを見て。明らかに危険なときだけ、教えてくれればいい。キナコ、じゃ……」
クレアさんが私とココアちゃんが指示をし、キナコちゃんから弱点を聞こうとしたその瞬間、ガッッッキィィィン!!!!と、ウサギが壁にぶつかった時と似た、しかし、その比ではない大きさの音が鳴った。
これに気づけたのは、私とクレアさんだけ。しかし、それでもあまりの衝撃にかたまってしまった。これを一人で受けたミルクちゃんは、モモちゃんの支援があっても尚、後ろに向かってたたらを踏んでいた。
「ふ、ふせ、げた!!」
ミルクちゃんがその事実に歓喜の声をあげた。私はミルクちゃんに意識を傾ける。ユニコーンはその場で振り返り、私たちにその背を向けた。
「諦めたのー……?」
「……っ!まずい!」
私はユニコーンの次の動きが危険だと気づいたが、それを伝える暇もなく、動かれてしまった。
ユニコーンは壁を破れないことを悟ったのか、壁に向かって後ろ蹴りを放ち、壁ごとミルクちゃんを吹き飛ばしたのだ。
蹴り上げられたミルクちゃんは、少しの間を置いて、離れたところに落下した。遠目に見ても、彼女の両腕、そして片足が変な方向に曲がっているのがわかる。軽く、身じろぎをしているため、生きてはいるようだ。
ミルクちゃんがこんなことになってしまったら、ココアちゃんは……そのことに思い至り、私はココアちゃんへと意識を向けた。
「よくも、よくも、ミルクをぉぉぉぉ!!!」
彼女の両手から手のひらに向かい光が急速に収束する。集められた光によって形成された二つの球体は、そのまま投げつけるのではなく、組み合わされた。通常であれば球体であるはずの爆弾は、二つ組み合わさることにより、その形をハートへと変化させ、ピンク色に輝く。
今にも爆発しそうなそれを、彼女はユニコーンの背後から叩きつけた。
おそらく、彼女が出せる最大威力の爆弾だろう。当たれば、ユニコーンといえどただでは済まないと思われる。
それほどの爆弾に対してユニコーンは……振り向かなかった。背を向けたまま尻尾を使って、軌道を上空へと逸らし、無傷で対処してのけたのだ。
上空から私たちにも衝撃が伝わる。唖然としていたココアちゃんは、両腕に尻尾を巻きつけられ、勢いよく振り回されてブチっと嫌な音がすると共に、地面を転がっていった。
ユニコーンがまるめた尻尾を伸ばすと何かが落ちた。
ユニコーンの後ろ足の側に、ココアちゃんの両腕の肘から先が、無惨にも捨てられたのだ。
「ひぃっ!」
思わず、キナコちゃんの喉から悲鳴が漏れた。
「キナコ、弱点。教えて!!」
怯えているキナコちゃんを庇うように前に出て、戦意を喪失せずに戦おうと、弱点を聞いたのはクレアさんだ。
モモちゃんも、こんな状況下であっても、ピアノを弾き続けている。とんでもない精神力だ。
「キナコ、早く!」
「えと、えっと……お腹!首や足は筋肉が多くてたぶん、むり」
「わかった、下がってて」
構えをとり、刀の切っ先をユニコーンへと向けるクレアさんへ、自然と私たちの意識は集中する。
直後、両者が動いた。クレアさんの速度は、ユニコーンに少し劣るが、驚愕すべき反射速度で、攻撃を凌ぎきっている。何度か、反撃をしているようだが、薄らと表面に傷がつくだけで、モモちゃんの支援がなかったら少しの傷をつけることも叶わなかっただろう。
互いが動き出してから数分が経過し、動きを止めた。ユニコーンは、クレアさんに一度、腹を切り付けられ、他の傷より比較的深い傷を負っていた。一方、クレアさんは体のいたるところに傷を負い、左足の太腿を角で貫かれていた。クレアさんは、動きを止めたのではなく、動くことができなかったのだ。
クレアさんがこちらを向く。
「モモ、キナコ。ごめん」
二人の名前を言った後、一言、そう告げると、彼女はユニコーンの角に薙ぎ払われ、折れた刀、千切れた片腕と共に地に伏した。
「あ、あぁぁ……もう無理、もう無理だよ!クレアが、皆が……」
ここまで弱気になったキナコちゃんを私は初めて見た。その気持ちはよくわかった。私も心が震えてしまって、ここを動けそうにない。
演奏されている曲が変わる。
一歩、また一歩と歩みを進め、ユニコーンはキナコちゃんの眼前へ来ると、心臓の辺りへ角を突き立てた。キナコちゃんは、その勢いのまま後方へと転がっていった。
残ったのは、モモちゃんと私だけ。モモちゃんは、キナコちゃんがやられるのを見ると演奏を止め、その場にへたり込んだ。
「ユユちゃん……皆、やられちゃったよ……グスッ……ねぇ、私、どうしたら、いいの……?」
泣いているモモちゃんのいつもとは違う話し方の言葉を聞きながら、表情を眺めながら、私はその場に立ち尽くす。
目の前で、モモちゃんの肩がユニコーンの角に貫かれて、持ち上げられた。
「モモちゃん……?」
私は、呆然としたまま、モモちゃんへと手を伸ばす。
「いやぁぁぁぁ!!?ユユちゃ、ユユぢゃん!!たすけで、たすけてぇ!!!うぅっ、わあぁぁぁん!!!」
「……あぁ、あぁぁぁ!!!!なんで、モモちゃんが!?どうして、どうして!!!?やめてよ、もういい、やめてよぉぉ!!!!」
モモちゃんの様子に、私も涙を流す。
どうにかモモちゃんを救おうと、ユニコーンに向かって駆け寄り、両手を握りしめて叩きつける。
ユニコーンがその片目を私の方へと向けた。その直後だった。
ゴーーーン!!ゴーーーン!!
終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。それは、私たちにとって幸運の鐘のように感じられた。
目の前のユニコーンがポンっと魔法が解けるようにぬいぐるみへと姿を変える。
「モモちゃん!モモちゃん!」
私はドサっと地面に落ちたモモちゃんへと駆け寄り、抱きしめた。彼女は、私の胸の中で泣き続けている。私は、宙へと視線を向ける。
「あはは!すごいやられちゃったね!今日はもうお話できそうにないかな?ねぇ、ユユちゃん。エミはね!見ててすごーく楽しかったよ?」
「何が、言いたいの……?」
「え、わかる?んー、じゃあ、これだけ。ユユちゃんはやっぱり相変わらずなんだね!!」
「……どういうこと」
「ううん、いいの!気にしないでー?それじゃ、また明日ー!」
いきなり現れたエミは、言いたいことだけを言って、その場を去ってしまった。
私の記憶は、ここまでだった。
あと二十八日。
ありがとうございました!
一度削除したプロローグを修正して、第一話として公開しました。内容はほとんど第二章の初めと被っていますが、気になるかたがいましたら読んでいただけると幸いです。
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