第65話 ガラバルの男
「この人は――勇者パーティー、ガラバルのメンバーの一人です。」
マシューの言葉に、僕達はしばらく何も言えなかった。
グランさん達へ不自然なクエストを渡した若い男。
その男が、よりにもよってマシューが以前所属していたガラバルの人間だった。
「マシュー。」
僕は似顔絵を見ながら尋ねる。
「名前は分かる?」
「……はい。」
マシューは少しだけ迷った後、ゆっくり口を開いた。
「レイグ・アルドナ。」
「レイグ……。」
「ガラバルにいた頃、何度も顔を合わせています。」
声はまだ少し震えている。
「私が雑用をしていた時も……あの人はずっと一緒でした。」
「シュアちゃん……。」
フィオちゃんが心配そうにマシューを見る。
「大丈夫です。」
そう答えるマシューだったが、表情は決して明るくなかった。
リオさんは似顔絵を見ながら眉をひそめる。
「では、このレイグという男性がグランさん達へ依頼を渡した事は、ほぼ間違いないという事ですね。」
「はい。」
グランさんが頷く。
「私達が会った男性と、この似顔絵はほとんど同じです。」
「それに右眉の傷も一致してる。」
アリーさんも続ける。
「あたしも、あの男だったと思う。」
受付の女性も険しい表情で似顔絵を見つめていた。
「勇者パーティーの所属者が、ギルド職員を装って偽の依頼を……。」
「でも。」
ミュラが静かに口を開いた。
「まだ分からない事も多い。」
「うん。」
僕も頷く。
レイグという男が依頼を渡した。
それはほぼ間違いない。
しかし――。
何故そんな事をしたのか。
何故リュートグランだったのか。
何故あの危険な森の奥を指定したのか。
何一つ理由が分からない。
「ベル様。」
ラウちゃんが僕を見る。
「どうする? このレイグって人の事、調べる?」
僕は少し考えた。
確かに調べようと思えば出来るかもしれない。
マシューは顔を知っている。
ガラバルという所属先も分かっている。
町で聞き込みをすれば、居場所くらいは掴める可能性がある。
でも――。
「いや。」
僕は首を横に振った。
「今はやめておこう。」
「追わないの?」
「うん。」
ミュラもすぐに僕の意図を理解したようだった。
「僕もその方が良いと思う。」
「ミュラさんも?」
マシューが尋ねる。
「あぁ。」
ミュラは似顔絵と依頼書を見比べる。
「僕達が分かっているのは、レイグという男がグランさん達にこの依頼を渡した事だけだ。」
「それ以上は推測にしかならない。」
「そういう事。」
僕も続ける。
「いきなり本人を探したり、ガラバルの周りを嗅ぎ回ったりしたら、こっちが調べている事を知らせるだけかもしれない。」
ザン君も静かに頷く。
「ベル殿の判断に賛成です。相手が何を目的としているのか分からない以上、こちらから動き過ぎるのは危険かと。」
「そうですね。」
リオさんも同意する。
「それに、グランさん達が無事だった以上、今すぐ危険を冒してまで追跡する必要もありません。」
「……分かりました。」
マシューも少し安心したように頷いた。
正直、僕としてもマシューに無理をさせたくなかった。
自分を追放したパーティー。
その人間と、突然また関わる事になったんだ。
今すぐ本人のところへ連れて行くなんて出来るわけがない。
「では、この依頼書はどうします?」
受付の女性が尋ねた。
机の上には、例の依頼書が置かれている。
ギルドの正規用紙。
本物らしい印章。
だが登録記録の無い、不自然な依頼書。
「これは残しておいた方が良いと思います。」
僕が答える。
「証拠として?」
「はい。」
「私もそう思います。」
グランさんも頷いた。
「私達が受け取った物ですし、この先何かあった時に必要になるかもしれません。」
「では、こちらで保管しますか?」
受付の女性が尋ねる。
僕は少し迷った。
するとミュラが、
「原本はグランさん達が持っていた方が良いんじゃないか?」
と言った。
「ギルド側は内容を記録しておけば良い。」
「確かに。」
受付の女性も納得した。
依頼書は改めて内容を書き写され、その後グランさんへ返された。
「無くさないようにします。」
グランさんは丁寧に折り畳み、荷物の奥へしまう。
フィオちゃんが小さく息を吐いた。
「何か、気味悪いね。」
「うん。」
誰も否定しなかった。
レイグ・アルドナ。
ガラバルのメンバー。
そして、存在しないクエスト。
今はまだ何も分からない。
だからこそ――。
「今はこれでいい。」
僕はそう言った。
無理に答えを探しに行く必要はない。
ただ。
もしまた何か起きた時。
今日残したこの一枚が、大きな意味を持つ事になるかもしれない。




