第64話 過去から現れた男
「目元は、もう少し鋭かったと思います。」
マビュセルさんの言葉を聞き、マシューが紙の上へ新たな線を加える。
「……このくらいですか?」
「はい。かなり近いです。」
「髪はもう少し短かったですね。」
グランさんも似顔絵を覗き込みながら答えた。
「分かりました。」
マシューは一度描いた髪を消し、描き直していく。
依頼書を渡したという正体不明の若い男。
リュートグランの4人から特徴を聞きながら、その顔が少しずつ紙の上に浮かび上がっていた。
「シュアちゃん、やっぱり器用だねぇ。」
隣からフィオちゃんが感心したように言う。
「顔を見てないのに、ここまで描けるなんて。」
「い、いえ……皆さんが詳しく覚えていてくれたからです……。」
マシューが答える。
しかし――。
「……?」
何だろう。
さっきから少し様子がおかしい。
似顔絵を描き始めた時には普通だった。
だが顔の形が整い始めてから、明らかに口数が減っている。
「マシュー?」
「はい?」
僕が呼ぶと、マシューはびくりと肩を震わせた。
「どうしたの?」
「な、何でもありませんよ。」
そう言って笑おうとする。
けれど、その笑顔はぎこちなかった。
「……本当に?」
「はい。」
マシューは再び紙を見る。
「では……鼻について、もう少しお願いします。」
「細めでした。」
メリュスさんが答えた。
「鼻筋も割と通っていたと思います。」
「細くて……鼻筋が……。」
マシューの筆が動く。
一本。
二本。
男の顔がさらに完成へ近づく。
その瞬間。
ピタッ。
マシューの手が止まった。
「……。」
「マシュちゃん?」
ラウちゃんが首を傾げる。
「どうしたの?」
「…………。」
返事が無い。
マシューは、紙に描かれた顔をじっと見つめている。
「マーシュアさん?」
リオさんも心配そうに声を掛けた。
「お顔の色が……。」
「だ、大丈夫です。」
マシューは慌てて答える。
だが大丈夫には見えない。
額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「マシューちゃん。」
今度はミュラが口を開く。
「無理してないか?」
「……大丈夫です、ミュラさん。」
「ならいいけど……。」
ミュラも納得していないようだった。
「マシュー、少し休んでも――」
「いえ。」
僕が言い終わる前に、マシューが首を横に振った。
「最後まで描かせてください。」
普段より少し強い口調だった。
僕達は顔を見合わせる。
何かある。
そう思ったのは、僕だけではないだろう。
マシューは小さく息を吐き、再び筆を握った。
「口元は……どうでしたか?」
「薄めだったな。」
アリーさんが答える。
「あたしが覚えてる限り、あんまり愛想の良い感じじゃなかったよ。」
「……薄め。」
また線が加わる。
ほぼ顔が完成してきた。
僕には当然、知らない男に見える。
二十代程度の若い男。
少し鋭い目。
短い髪。
整った鼻筋。
しかし、マシューの顔色は完成に近づくほど悪くなっている。
「……まさか。」
小さな声が聞こえた。
「マシュー?」
「……いえ。」
マシューは唇を噛む。
その時。
「あっ。」
アリーさんが声を上げた。
「そうだ。一つ忘れてた。」
「何ですか?」
「右の眉。」
アリーさんが自分の眉を指差す。
「端の方に小さい傷があった。」
ガタッ!
マシューが椅子を僅かに後ろへ動かした。
「マシュー!?」
今度こそ全員が彼女を見る。
明らかに反応が違った。
「マーシュア殿……?」
ザン君も表情を険しくする。
「……すみません。」
マシューは震える手で筆を握り直した。
「右の眉……ですね。」
「う、うん。」
先程まで普通に話していたアリーさんまで戸惑っている。
マシューはゆっくりと、男の右眉へ一本の小さな傷を描き加えた。
「…………。」
筆が止まる。
完成した。
「これで……どうでしょうか。」
マシューが紙をリュートグランの4人へ向けた。
グランさんがじっと見る。
「……はい。」
そして頷いた。
「この人です。」
「間違いないと思います。」
メリュスさんも答える。
「かなり似ていますね。」
マビュセルさんも頷いた。
「うん。あたしもこの顔だったと思う。」
アリーさんも同意した。
これで似顔絵は完成した。
後はこの絵を使って男を捜せばいい。
そのはずだった。
でも――。
「マシュー。」
僕は彼女を見る。
マシューは完成した似顔絵を見たまま、完全に固まっていた。
「さっきから変だよ。」
「…………。」
「もしかして……この人を知ってるの?」
マシューの肩が小さく震える。
フィオちゃんも心配そうに覗き込む。
「シュアちゃん……?」
「……知ってるんですか?」
リオさんも尋ねた。
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「……はい。」
小さな声だった。
「知っています。」
「誰なの?」
僕が聞く。
マシューは一度目を閉じる。
何かを思い出しているようだった。
やがてゆっくり目を開き、似顔絵を指差した。
「この人……。」
声が震えている。
「私が以前いたパーティーに……いました。」
「以前の?」
一瞬考え――。
僕はすぐ、その名前を思い出した。
「まさか……。」
マシューは静かに頷いた。
「はい。」
そして、はっきりと告げた。
「この人は――」
「勇者パーティー、ガラバルのメンバーの一人です。」
「…………!」
ギルドの中に、重い沈黙が落ちた。
グランさん達へ偽のクエストを渡した男。
その正体が…
まさか、マシューを追放したガラバルの人間だったなんて。
偶然とは、とても思えなかった。
思い掛けない人物…
まさかの繋がりが!




