第59話 フィオ・ベックハート
「かつて、ハイトランダ教大教会で司祭を務めていた人です。」
グランさんから告げられた言葉に、僕達はしばらく何も言えなかった。
昨日まで一緒に行動していた、明るい旅芸人のフィオナさん。
その正体が元司祭。
しかも、ただの司祭ではないらしい。
「グランさんは、どうしてフィオナさん……いえ、フィオさんの事を知ってるんですか?」
「冒険者の間では、昔それなりに有名だったんですよ。」
「有名……?」
グランさんは頷いた。
「特に回復関係ですね。普通の回復魔法では治せないような傷や症状を治せる、特殊なスキルを持った司祭がハイトランダ教大教会にいるって。」
「それが……〖快癒〗。」
ザン君が呟いた。
昨日、ザン君に刺さった呪いの矢。
僕の回復魔法でも治せなかった症状を、フィオさんはあっという間に治してしまった。
グランさん達の重傷だって同じだ。
「ただ……僕達が知っているのはそこまでです。」
グランさんは申し訳なさそうに首を振った。
「どうして教会を辞めたのか、どうして今は旅芸人をしているのか。そこまでは僕達にも分かりません。」
「そうですか……。」
話を聞き終え、僕達はグランさん達と別れた。
歩きながら、ラウちゃんが腕を組む。
「う~ん……気になるねぇ。」
「気持ちは分かりますが……。」
リオさんが少し困ったような顔をする。
「本人が話していない事を、私達が勝手に調べるのも良くないと思います。」
「僕もリオさんと同意見だ。」
ミュラも頷いた。
「過去に何があったとしても、フィオさんが僕達やグランさん達を助けてくれた事実は変わらない。それに、本人が隠しているなら何か理由があるんだろ。」
「そうですね……。」
マシューも静かに頷いた。
僕も同じ気持ちだった。
確かに気になる。
でも、無理に聞き出すような事はしたくない。
「ただ、昨日の事のお礼は言いたいし、一度会いに行こう。」
僕達はフィオさんが泊まっている宿へ向かった。
宿の主人に聞くと、フィオさんはちょうど部屋から降りてきたところだった。
「あれ? みんなじゃん!」
こちらに気付いたフィオさんが、いつもの明るい笑顔で手を振る。
「あたしに何か用?」
「昨日のお礼を改めて言おうと思って。」
「そんなのいいって~! あたしもグラン達には楽器直してもらった恩があったんだから!」
いつもと何も変わらない。
だけど僕達は、昨日まで知らなかった彼女の名前を知っている。
少し迷った末、僕は口を開いた。
「……フィオ・ベックハートさん。」
その瞬間。
フィオさんの笑顔が止まった。
「…………。」
数秒間、沈黙が続く。
やがてフィオさんは小さく息を吐いた。
「……グランさん達から聞いたの?」
「はい。でも、元司祭だったってことくらいです。それ以上は聞いてません。」
「そっかぁ……。」
フィオさんは頭を掻きながら、苦笑した。
「まあ、あの人達なら知っててもおかしくないか。」
そして僕達を見る。
「そう、あたしの本当の名前はフィオ・ベックハート。」
先程までより少し落ち着いた声だった。
「昔、ハイトランダ教大教会で司祭やってたの。」
ラウちゃんが驚いたように聞く。
「じゃあ、フィオナ・ブラムスっていう名前は?」
「偽名。」
「やっぱり!?」
「あはは……ごめんね。」
そう言いながらも、フィオさんの表情はどこか寂しそうだった。
僕は思い切って尋ねる。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「何?」
「どうして司祭を辞めたんですか?」
フィオさんは少し黙った。
「……弟がいるの。」
「弟?」
「ルシアっていうんだけどね。あたしと一緒に大教会で奉仕してた。」
フィオさんは近くの椅子に腰掛ける。
「ルシアには〖浄化〗っていう力があるの。」
「〖浄化〗……。」
「うん。あたしの〖快癒〗とは違う力。でもね……あたしは、自分がそこにいる事でルシアの〖浄化〗が本当に花開くのを邪魔してるんじゃないかって思うようになった。」
フィオさんは自分の手を見つめる。
「〖快癒〗は便利だからさ。大抵の事は、あたしが何とか出来ちゃう。」
昨日の出来事を思い出す。
確かに、あれほど苦戦したザン君の症状すら一瞬だった。
「だから辞めたの。」
フィオさんは顔を上げる。
「ルシアにはルシアの力がある。あたしがずっと隣にいるより、自分の力で歩けるようになった方が良いって思ったから。」
「……弟さんのためだったんですね。」
リオさんが静かに言った。
「まあ、それだけじゃないんだけどね。」
フィオさんの表情が少し明るくなる。
「あたし、昔から旅芸人になりたかったの。」
「え?」
「色んな町を旅して、踊ったり、楽器を弾いたりして、みんなを笑顔にする。ずっとやってみたかったんだ。」
「それで司祭を辞めた後に……。」
「そう! 念願の旅芸人!」
突然いつものフィオさんに戻った。
「だから旅芸人っていうのは嘘じゃないからね!」
その言葉に、僕達から自然と笑いが漏れた。
ミュラが口を開く。
「僕は、それならいいと思う。」
「え?」
「フィオさん自身が考えて選んだ道なんだろ? だったら僕達が何か言う事じゃないよ。」
マシューも笑顔で頷いた。
「それに、今のフィオさんも素敵だと思います。」
「ボクも!」
「私も同じです。」
ラウちゃん、リオさん、ザン君も次々と頷く。
フィオさんは目を丸くしていた。
「……みんな、あたしが元司祭だって知っても、それだけ?」
「それだけって?」
僕が聞き返すと、フィオさんは少しだけ笑った。
「普通、もっと色々聞いてくると思った。」
「話したくない事まで無理に聞く必要はないですから。」
僕はそう答えた。
「昨日、僕達を助けてくれたのはフィオさんです。それは元司祭でも旅芸人でも変わりません。」
「…………。」
フィオさんはしばらく黙った後。
「……そっか。」
小さく、でも嬉しそうに笑った。
その時の僕はまだ知らなかった。
この旅芸人との出会いが、僕達セイラスにとって、もう一つの大きな縁になるという事を。




