11話 決着
「ん・・・うぅ、ここは・・・?」
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。あの後ここまで運ばれてきたのだろう。どうやら俺はシェーラに睡眠薬か何かを盛られたらしい。今思えば、騎士との戦いで俺の嗅覚を潰したのはこのためだったのかもしれない。嗅覚が生きていれば食べ物に混入された薬でも気づいて対処できたはずだ。
部屋を見渡してみるが、窓はなし、扉は一つ。家具類はそこそこ質の良いものが揃っている。俺は誘拐されてしまったとみて間違いないだろう。そうなると一緒にいたエミリアとサイクスの所在も気になるところだ。
「さて、どうしたもんかな・・・」
「ほう、ずいぶんと冷静なのだな。ますます気に入ったよ」
声のした方を見ると、そこにはよく肥えた豚がいた。
「だ・れ・が、豚だぁっ!この私に対してそういう失礼な態度はどうかと思うよ、キミィ!」
・・・なぜバレたし。
「・・・オホン、失礼。私の名はベリオス・フォン・ガルべージ。ガルべージ伯爵家の当主だ」
「ご丁寧にどうも。俺はシグルだ。といってももう知っているみたいだが」
相手がとんだ下衆野郎だと知っていても、名乗られた以上は素直に名乗りを返す。それに、まだ時間がかかるようだし、少しだけ話に付き合ってやることにしよう。
「まあな。それで、今夜は君に折り入って話がしたいと思ったのだよ。もちろん、双方にとって利のある話だ」
「断る」
俺の即答にベリオスは少し表情を歪めるが、すぐに取り繕って話を進める。
「今の君の立場を忘れてはいないかな?この状況で相手の話も聞かずに即断というのはいささか浅慮が過ぎるというものではないのかね、キミィ?」
「それなら、招待状はもう少し穏やかに届けて欲しいね。こんな強引なやり方で招いておいて、俺が素直に話を聞くとでも思ったのか?それに、碌な話じゃないのは目に見えてる」
「まあそう言わずに聞きたまえ」
そう言うとベリオスは嫌らしい笑みを浮かべながら手をパンパンと鳴らす。すると、部屋に薄着の女性が二人入ってきた。一人はシェーラ、もう一人は見覚えのないエルフの少女。
「シェーラ君はもう知っているな。隣にいるのはその妹のノーラ君だ」
・・・シェーラ、妹がいたのか。
顔立ちは姉に似ており、セミロングの髪をカールにしている。背は少し低めで、見た目の印象としてはシェーラが美女、ノーラが美少女といった感じだ。
「それで話というのはだね、君にこの二人を抱いて欲しいのだよ」
「・・・・・・は?」
あまりに唐突で意味の分からないベリオスの要求に、俺は耳を疑った。
「私は奴隷も取り扱っていて、もちろん裏の方だがね、これがなかなか儲かるんだ。何せ“お菓子”を贈れば質の良い奴隷をそろえてくれる友人がたくさんいるからねぇ。ただ、ばれずにいつまでも続けられるほど国や騎士達も無能じゃない。そこで私は思いついた。調達するのにリスクがあるのなら自分で生産すれば良いだけじゃないか、とね」
「お前、まさか・・・っ!」
「そう、ここは“牧場”だよ。この部屋はその中で一番良いところだ」
「・・・つまり、俺に奴隷を生産するための種馬になれと?」
「その通り!世界中を探しても数えるほどしかいない竜人の種はとても貴重だ。さらにエルフの血も入っているとなれば生まれてくる子どもにはこれ以上ないほどの値が付くことだろう!なにしろ竜人は見方を変えればまさに金のなる木だ。戦力としての価値、そして竜化させることで採れる素材の価値」
「・・・」
・・・聞くに堪えない。ベリオスは利益を追求するあまり、人として必要な何かが決定的に欠けているのだろう。
想像を絶する話のおぞましさに、俺はすでに怒りと嫌悪感を隠せなくなっていた。握りしめた拳からはわずかに血がにじんできていた。しかし、もはやそんなことはどうでも良くなるほどに俺は怒っていた。人道に悖る悪行に対するものだけではない。誇り高い竜族を素材としてみるのは信じられないほどの侮辱にあたるのだ。
「まあ、そういうわけだ。ちなみに拒否することはできない。右腕を見てみたまえ」
「何だと?」
言われたとおり右腕を見てみると、細身の腕輪がつけられていた。見ればシェーラとノーラの二人にもつけられている。
「それは“隷属の腕輪”。それを着けた者は『主人の“命令”に従わなければならない』という一種の強迫観念を植え付けられる。そしてその腕輪に登録されている主人は当然私だ」
勝ち誇った顔を浮かべながらベリオスは続ける。
「さて・・・それでは“命令”だ。シグル君、この二人を抱きたまえ。二人は抵抗するんじゃないぞ」
その“命令”を受けた俺は、二人へ向かって静かに歩き始める。
「私のせいで、二人ともごめんなさい・・・」
「・・・姉さんは悪くない」
二人は諦念をにじませた表情をしながら俺に身体を預ける。ニヤニヤしながらこちらを伺うベリオスを前に二人を胸に抱き寄せ・・・・・・床に伏せる。その瞬間、
ズドオオオオオオオォォォォン!!!!!!
「「きゃあああっ!?」」「な、なんだ!?」
突然の轟音に狼狽える三人をよそに、俺は床に伏せた二人をかばいながらニヤリと笑う。
「ナイスタイミングだ、相棒」
俺がそうつぶやくと同時に部屋の扉が勢いよく開かれ、一つの影が飛び込んできた。
それは、綺麗な白い毛並みをした大きな狼。そう、フェンだ。
「ウォン!」
「待ってたぞ、フェン。さすが俺の相棒」
「グルルル・・・♪」
頭をなでながら褒めてやるとフェンはご機嫌そうに唸る。
「な・・・そ、その狼は宿屋で寝ていたはず、なぜここに・・・?」
「俺が呼んだからに決まっているだろう?」
「馬鹿な、いつの間に・・・」
いつフェンが気づいたのか。それは最初からだ。俺とフェンの間には主従の関係にある影響からか魔力によるリンクができており、お互いの大体の状況を把握することができる。そしてフェンは俺のことを主として慕っており、格付けも俺が一番上。故にフェンは俺の動向を常に気にかけており、何か異常を感じたら即座に行動を起こす。
ただ、フェンにしては来るのに時間がかかったことに疑問を感じていたが・・・それはフェンの背中に乗せられていたものを見て納得した。
「やっぱりエミリアも攫われていたのか。よくやった、お手柄だぞ、フェン」
「ウォン!」
フェンは気を失ったエミリアを背中に乗せていた。案の定“隷属の腕輪”を着けられている。売れそうだからとついでに攫われたのか、万が一俺を抑えられなかったときの人質にされる予定だったのか。あるいはその両方か。いずれにせよ助かった。フェンはとても賢く、こういうところによく気が利くので本当に頼りになる相棒だ。
一方ベリオスは突然の乱入者に呆然としていたがはっと我に返ると、まだ手を用意してあるのか、まだ余裕を残した態度で話しだした。
「くっ、神狼の乱入はさすがに予想外だったが、それでも私の優位は変わらない。その“隷属の腕輪”がある限りはな!」
「なら、なければ良いんだな?」
「は?」
俺がシェーラとノーラの二人を助け起こしながら問うと、ベリオスはまたフリーズする。
「ハ、ハッ!何を馬鹿なことを。それは主人でなければ外せな、」
「ほれ」
「・・・な、なにぃぃぃぃっっ!?」
そもそも“隷属の腕輪”は俺には効果を発揮していなかった。まあしてたらしてたで他に方法を考えてはいたが。
あっさり外した腕輪をこれ見よがしに指でくるくると回す俺を見て、ベリオスは今度こそ焦りを見せる。
「ま、待て!その娘達がどうなっても良いのか!」
「? どういう意味だ?」
「その腕輪は精神に干渉することができることは話しただろう?実はその応用でな、精神を破壊することもできるのだよ。さあ、どうする?大人しく私に従うか、逆らってその娘達を廃人にするか」
その顔に焦りをにじませながらも、再び自分が優位に立とうと、必死に手札を切るベリオス。
「・・・フッ」
「! な、何がおかしい!?」
脅迫されてなお余裕の笑みを崩さない俺に、ベリオスはさらに焦った様子を見せる。
実際、ベリオスの悪あがきは滑稽でしかなかった。なぜなら、
「お前、“腕輪”もなしにどうやって精神に干渉する気だ?」
「は、はぁッ!?」
三人の腕輪はすでに俺が外していたからだ。俺のと合わせて破壊した4つの腕輪をベリオスの方へ放り投げると、ベリオスの顔は唖然とした表情でそれらを見つめ、ついには恐怖で顔を青ざめさせていった。
用心深い性格のベリオスにとって、自分が用意していた手が立て続けに破られていく様はまさに悪夢だろう。
「こ、ここには腕の立つ戦闘奴隷が・・・」
「ここにフェンが来てる時点でお察しだな。全部片付けたってさ」
「ウォン!」
「・・・・・・」
そこに、さらにダメ押しが入る。
「エミリア!シグル!シェーラ!三人とも無事か!」
サイクスが数人の冒険者を引き連れて部屋に突入してきた。見た限りでは全員C~Bランクくらいの力はありそうだ。それに続いてロバート達領主側の騎士達も入ってきた。
「落ち着けサイクス、みんな無事だ」
「そ、そうか。それは良かった。それで今回の騒動の黒幕はやっぱあいつって訳か・・・」
「ああ、そうだ」
顔が青を通り越して蒼白になっているベリオスを睨み付けながら訪ねてくるサイクスに俺は肯定を返す。
「わ、私は・・・私は・・・」
「ベリオス・フォン・ガルべージ伯爵、貴殿を拘束させていただく。もう言い逃れはできないぞ。覚悟するんだな」
ついに万策尽きたベリオスは、ロバートの通告がとどめとなり、その場に崩れ落ちたのだった。




