結
これにて最終回です。
「失礼します。」
上官の執務室をノックするリヴの胸は、ドキドキと踊っていた。どうぞ、の声とともに、失礼にならないよう優雅に扉を開け、一礼する。リヴの上官…、レイア・ディオス少佐が執務机の向こうから、にこりと微笑んでいた。
「はい、お待ちかねの軍の情報誌。」
「茶化さないでよ、レイア。」
同じ貴族といえど、帝国の宰相を父に、帝国軍の軍医を総括する母を持つレイアのディオス家とリヴのリスト家を比べれば、月とすっぽんだ。そんな"月"であるレイアは、あっという間に昇進を遂げた。
今リヴは、そんなレイアの配下として腕をふるっていた。そして彼とは上官とはいえ、大学の同級生かつ卒業試験でパーティを組んだこともあり、正式な場以外では気安く呼び合う仲だった。
ぷりぷりしながら軍の情報誌をもぎ取り開く。巻頭にある特集ページの見出しに、リヴの頬が緩む。
"国境警備の要、地獄の番犬!"
その見出しの下に、イエーイ!とばかりにポーズを決めるウェスパー、リード、バートンの三人。三人の後ろに立つ背の高い大男は、前に並ぶ三人とはうって変わって横を向いている。懐かしい仲間の写真に、リヴは目を細めた。
「みんな元気そう。バートンなんてピースまでしてて、相変わらずおバカ丸出しだわ。」
くすくすと笑うリヴを見て、レイアが静かに微笑んだ。
卒業時のすったもんだによって、『みんなで同じ隊に入って、5人で暴れまくろうぜ!』という約束は、軍に入る前から速攻破られ、リヴ以外の4人、ケル、バートン、ウェスパー、リードは仲良く激戦区である南国国境警備軍に配属された。
帝都に残されたリヴは偶然にもレイアと同じ隊に配属され、数年がたつ。
「ケルの奴、すごいよな。通り名までついてる。」
「ええ? "地獄の番犬"ってケルの通り名なの? …随分可愛いくないワンちゃんですわね。」
レイアがコーヒーを噴出しそうになり、むせ返る。してやったりとリヴがほくそえんだ。
帝国の南側で隣り合う公国は、近年まで独裁政治が続いており、その圧制から逃れようと無断で国境を越える民が後をたたなかった。それに加え現在は公国正規軍と解放軍との内乱に陥り、帝国の国境警備はかなり熾烈を極めていた。
そんな激戦地の近況は軍の情報誌に良く取り上げられ、必然的に配属されたケルたちの活躍も良く記事になる。記事になることが多かったからだろうが、ケルの知名度は帝都にいてもそこそこ高い。
「さぁて、私も頑張らなくっちゃ。」
帝都でぬくぬくと平和に軍人をこなしているリヴとケルとでは、すでに明確な差が出来ていた。
それが悔しくもあり、嬉しくもある。複雑な心境だ。
「この情報誌、貰っていって良いかしら?」
「いいよ。」
こっそりスクラップしていることは、レイアはお見通しのようで。特にからかうでもなくさらりとオッケーの返事をもらった。
「あ、そうそう、今回はもうひとつプレゼントがあって。」
「プレゼント? なあに?」
「はい、これ。」
レイアの差し出したのは、小さな白い封筒だった。土ぼこりにまみれて黄ばんでいる。受け取って宛名を見た瞬間、リヴがぼっと赤くなる。見覚えのある汚い字だ。
「俺宛の書管の中に入ってた。最初間違いかイタズラかと思ったよ。」
さわやかなレイアの笑みが憎たらしい。今内心、盛大にニヤニヤしているに違いない。
いつかこのさわやかスマイル男にぎゃふんと言わせてやるんだから、と決意しながら、リヴはもう一度宛名を見た。
宛名には短く、リヴ、とだけ書かれていた。見覚えのある汚い字は、ケルのものだ。
「何か堅いものの感触があったからアクセサリーじゃない? 激戦地からエンゲージリング? 地獄の番犬さすがだね。」
「ちゃ、茶化さないで頂戴!」
恥かしさに大きな声を出してから、んんっと咳払いをして気を取り直す。そっと封を開け逆さにすると、中身を手のひらの上にあける。カードと一緒に、ころん、と硬質なものがひとつ、手のひらに転がった。
「あれ、何だ指輪じゃないんだ。」
「もう! あのケルにそんなロマンがあるわけないでしょう!」
手のひらのうえには、飾り気の無いピアスがひとつ鎮座している。
「あら、ひとつしかないわ。どこかで無くなったのかしら? ほんとおバカなんだから。」
装飾の無いシンプルなデザインに、アタッカーのケルらしい発想を感じ、リヴの胸の奥が暖かくなる。
(ひとつ無くなってしまったのは残念だけど…これなら邪魔にならないから、いつでも着けていられるわね。)
さて、とコーヒーを飲み干したレイアが茶々を入れはじめた。
「で、そのカードには何て書いてあるのか気になるんだけど。"リヴ、愛してる!"とか? 今後の参考にぜひ教えてよ。」
「もう! うるさいわね!」
レイアをいなしながら、カードをひっくり返したリヴは、一瞬目を丸くして、嬉しそうに「あははは!」と声をあげて笑った。
その予想外の反応に、レイアは目を丸くする。
「何?」
「あははは! ほんとに、おバカ! バカケルですわ!」
口調と裏腹に、心底嬉しそうなリヴに断ってから、レイアはそのカードを見せてもらって顔をしかめた。
レイアはカードを裏返したり、明かりにすかしたりしてみた。しかし、やはりそれだけしか書かれていない。なぜ、このカードでリヴは嬉しそうなのか判らない。全く参考にならなかった。
レイアは再度、カードをみた。
カードには、たった3文字が短く走り書きがされている。
"バーカ"
長らくお付き合いいただきありがとうございました!
最後までじれじれラブっぷりを楽しんで頂けましたら幸いです。