【06】 デビュー戦 初日② ~ボートレースの着順は年功序列?~
水上の格闘技は甘くない。失速した爽香を残し、5艇の群れは遥か前方へと去っていく。最下位のまま1周目を終え、2周目の第2ターンマークへ向かう頃には、すでに先頭の背中は小さくなっていた。
爽香(嘘でしょ……先頭は2号艇! 64歳のおじいちゃん選手に差し切られたの!?)
2-3-1の順で走る。頭の中で出走表が駆け巡る。
2号艇:立野(64歳)
3号艇:芝田(47歳)
1号艇:赤塚(44歳)
(64歳、47歳、44歳……? ボートレースって、年功序列なの!? 私、実力世界だって聞いてプロになったのに……!)
悔しさに歯を噛み締めながらも、周回を重ねるごとに開いていく圧倒的な差。
2分後。爽香のデビュー戦は、5着と開いた大差の最下位(6着)で幕を閉じた。
ピットへ戻ると、落ち込む時間すら許されなかった。
先輩たちの艇を陸へ引き揚げ、自分の艇を洗い、艇旗を速やかに交換する。新人としての怒涛の作業に追われ、自責の念を押し殺した。
その夜。選手宿舎の食堂。
田並「速水さん、デビュー戦見せてもらったよ。度胸のあるいい走りだったね」
声をかけてきたのは笑顔を浮かべたベテランレーサー、夏の陽射しを受けた波のように穏やかな語り口で田並が言った。
爽香「えっ……ちっとも良くなかったです。ベタの最下位ですし、ターンマークからは大脱線するしで……」
田並「そうかねぇ。最初からそう欲張らなくてもいいんじゃないか、先は長いんだから」
爽香「それよりビックリしたのは、2号艇の立野さんです。あんなにお若い走りでインを差し切るなんて……私の3倍以上生きていらっしゃるのに」
田並「ははは! お嬢さんは口が悪いねぇ。でもね、向こうはレース経験が君の千倍以上あるんだよ」
爽香「あっ、そうか。私はまだ1レースですもんね」
田並「ちなみに明日の予選、お嬢さんと私は同じレースだよ」
爽香「えっ!」
爽香は身を乗り出した。
爽香「容赦しませんからね! もし突っ込んじゃったらごめんなさい!」
田並「かまわんよ。水の上に出たら先輩も後輩もない。手加減なしで全力でぶつかってきなさい」
田並が笑いながら食堂を去っていくと、隣に座っていた先輩女子レーサーの八巻恵夢が、胸をなでおろすようにため息をついた。
八巻「速水さんって、本当にハラハラするくらいズバズバ言うわね……」
爽香「そうですか? 正直に言ったつもりだったんですけど」
八巻「私なんて小心者だから羨ましいわ。あ、でも……『お嬢さん』って呼ばれて嬉しそうだったわね」
爽香「はい! だって、私みたいなガサツなタイプ、そんな可愛らしく呼ばれたことなくて……」
八巻「ふふ、あの人、誰にでも『お嬢さん』って言うのよ。私もそう呼ばれてるし」
爽香「えっ……ガーン。私だけじゃなかったんだ……」
八巻「あら、夢を壊しちゃったかしら? でも私はあの呼ばれ方、ちょっと苦手なの。『世間知らずのお姫様』みたいで、レーサーっぽくないじゃない?」
爽香「そっかぁ……。やっぱり八巻さんは育ちが良いからですよ。私はニセモノのお嬢さんだから、浮かれちゃったんだなぁ」
爽香の自虐に、八巻は吹き出した。
八巻「ふふふ! 本当に面白い子ね、速水さんは。明日、お互い頑張りましょうね」




