【05】 デビュー戦 初日① ~スタートと色とりどりの空中線~
初客「それにしても、今日は暖かくて気持ちええなぁ。……ところで、あのド真ん中にあるデッカい時計は目覚まし時計かい?」
常連「えっ?」
初客「あんなバカでかい時計、見たことねぇぞ。さすが東京はスケールが違うな」
常連「いやいや、ここは埼玉ですよ」
初客「似たようなもんだべ。川の向こうは東京なんだから。ほら、ディズニーランドだって千葉にあるのに『東京』って言い張ってるだろ? ここだって『東京競艇場』でいいんだよ」
常連「それじゃ多摩川や平和島に怒られちゃいますよ」
初客「千葉の厚かましさに比べたら可愛いもんさ。『東京ドイツ村』なんて東京からもドイツからも離れてんのに名乗ってんだぞ? 埼玉ももっと図々しくいかなきゃ。噂じゃ埼玉の人は千葉の人に鼻の穴へピーナッツ詰め込まれたり、東京の人に草加せんべいで踏み絵させられてるって聞くぞ」
常連「ははは! どんな偏見ですかそれ! 映画の観すぎですよ!」
ふたりの笑い声が交差するなか、初老の客がふと首をかしげた。
初客「あの時計、12時になったらバカでかいベルが鳴るんじゃねぇだろうな? 福島競馬場のファンファーレみたいにズドンと」
常連「鳴りませんよ。あれは選手がスタートのタイミングを合わせるための『大時計』です」
初客「なんだ、レース中に寝てる客を起こす目覚ましじゃねぇのか」
常連「違いますよ。……で、スタートラインなんですけどね」
初客「ん? どこに線が引いてあんだ? 見当たらんぞ」
常連「水の上に線は引けないですからね。ロープも張れません。スクリューが引っかかって全員転覆しちゃいますから」
初客「あ、そっか! 地引網じゃねぇんだからな」
常連「でも昔、1975年に津競艇場で水中にロープを張ってボートをひっくり返そうとした事件があったんですよ」
初客「うそだろ!? あんた、妙に詳しいな……まさか犯人は――」
常連「違いますよ! 手を振って否定しますけど! 当時は有名なニュースだったんです」
初客「冗談だて。しかし、そんな仕掛けするヒマがあったら、地引網引いて魚獲った方がよっぽど儲かるのになぁ」
常連「くっ……くはは! 違いない! あなたの言う通りだ!」
常連客が大笑いする頭上を、水面を渡る風がかすめていく。
空中には、赤と白のフラッグがついた標識線――「空中線」が、ピンと張り詰められていた。
◇
――対峙する水面。
スタート15秒前。14秒、13秒。
大時計の黄色い針が、死神の鎌のように1秒刻みで削られていく。12秒、11秒――。
爽香は全身の神経をスロットルに集中させ、一気にレバーを握り込んだ!
キャビテーションを起こしかけるプロペラが水を噛み、衝撃が背骨を突き抜ける。
爽香(4秒前――青白の空中線、通過!)
視界が超高速で狭まっていく。
爽香(2秒前――黄白の空中線、通過!)
爽香(0秒手前――赤白の空中線……通過!)
爽香(よし、スタート正常――!!)
大時計を横目に通過した瞬間、艇体をベタ付けで伏せ、150メートルの直線ラインを全速力で駆け抜ける。
眼前には、波しぶきの中に浮かぶ赤白の三角ブイ――第1ターンマーク。
残り30メートル、20メートル、10メートル!
内側の5艇が一斉に水面を切り裂き、斜めに傾く。
爽香(しまっ――ハンドルの切りが遅れた!?)
引き波の壁に叩かれ、爽香のボートが膨らむ。他艇よりも15メートルも奥へと流されてのターン。
爽香(ダメだ……っ! 周りを見すぎて落としすぎた!!)




