【04】 初観戦の客と常連客
5月10日、デビュー戦当日。
第1レースの出走表が掲示板に張り出される。
========================================
【戸田 第1R 予選(男女混合一般戦)】
1号艇:赤塚 人志(44歳/B1/勝率4.05)モーター:○
2号艇:立野 友芳(64歳/B1/勝率4.95)モーター:◎
3号艇:芝田 明広(47歳/B1/勝率4.16)モーター:-
4号艇:塚田 竹之(44歳/B1/勝率4.06)モーター:△
5号艇:野部 香折(38歳/B1/勝率4.44)モーター:×
6号艇:速水 爽香(20歳/B2/勝率0.00)モーター:-
========================================
新人は危険防止のため、いちばん外側の「6号艇(緑)」に入るのが鉄則だ。
ピットで緑のカポックを着込み、6号艇に乗り込んだ爽香は、出走表を頭の中で反芻した。
(全員B級……! アラフォーのおじさん達に、年金もらってそうな60オーバーのおじいちゃん……)
爽香の鋭い視線が、2号艇の立野(64歳)に向けられる。
(負けるとしたら5号艇の野部先輩くらい。あの60過ぎのおじいちゃんに負けるわけがないわ! もし年金受給者に負けたら、恥ずかしくて福島に帰れない!)
(……まあ、負けたら帰らずに埼玉で一生暮らせばいいか。……ううん、ダメダメ! 弱気になるな!)
ピットのランプが赤から緑へと変わり、爆音が水面に響き渡る!
「出走!」の合図とともに、6艇のボートが一斉にコースへと躍り出た。
水飛沫が顔を叩く。激しいエンジン音が鼓膜を揺らす。
第2ターンマークを回りながら、爽香は深く、大きく呼吸をした。
(ついに始まった……! 私のプロ人生が!)
体重の軽い爽香は、直線での伸び脚なら男性レーサーにも負けないはずだ。
(年寄りのみなさんには悪いけど、若さとハングリー精神で全員ごっそり捲り差してあげる! 松木教官、シューズだけじゃなくて、20万円のヘルメットも賭けておけばよかったわ!)
やがて爽香はコース西側の一番奥――ピット離れから小回り防止ブイを回った待機行動の深みへとたどり着いた。スタートラインまではおよそ270メートル。
水面の中央に鎮座する、直径3メートルの大時計。
1秒が、1分が、そして人生が変わる「2分間のレース」、カウントダウンが始まった――!
スタート1分前。大時計の白い針(1分針)が滑らかに回転を始める。
15秒前――14秒前、13秒前。
今度は黄色い針(12秒針)がけたたましく回り出した。12秒、11秒……!
エンジンの爆音が水面を震わせる。爽香はスロットルレバーを力強く握り込み、艇を加速させた。
『進入はインから、1、2、3、4、5、6――』
実況アナウンスが響く。
『10秒前! 5秒前! スタート――!』
◇
5分前――。
『ボートレース戸田』のスタンド観客席。初夏の風が吹き抜けるなか、初めて競艇場に足を運んだ50歳ほどの男が、感心したように広大な水面を見渡していた。
初客「初めて来たけんど……でっけぇな、ここは」
常連「お客さん、初めてですか?」
隣に居合わせた60歳ほどの常連客が声をかける。
初客「そうなんだ、初めでだ。福島から新幹線に乗って見に来だ」
常連「わざわざ福島から! それは遠いところからようこそ」
初客「東北には競艇場がねぇからなぁ。一度、生で見てみたかったんだ。韓国にまであるってのに、東北にねぇのは寂しい話だ」
常連「ああ、韓国のミサリ(渼沙里)ですね。よくご存じだ」
初客「4年くらい前にさ、大村で日韓対抗戦をやったって新聞で読んでな。でも、なんで東北にはねぇんだべ?」
常連「なんでも、冬場に水面が凍っちゃってレースにならないらしいですよ」
初客「なんだ、そんなくらい温水プールにすりゃ解決だんべ! 選手も落水したとき温かくて喜ぶぞ。ははは!」
常連「ははは、そりゃあ豪勢な競艇場になりそうだ!」
初老の客は上機嫌で水面を指さした。




