【02】 宿題とケブラーズボン
松木「泣くな爽香! これからがプロとしての本当の勝負だぞ!」
涙を拭う爽香に、松木はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
松木「いいか、これで養成訓練が終わったと思うなよ。今日から『特別延長授業』だ」
爽香「えっ!? ちょっと教官、頭大丈夫ですか? 現役時代の転覆事故の後遺症ですか?」
松木「失礼な奴だな! 頭がおかしいのは事故る前からの既定路線だ!」
ガハハと笑う松木に、爽香も思わず吹き出してしまう。
松木「よし、宿題を出す。デビュー戦の6日間、『全レース無事故完走』すること!」
爽香「無事故完走……?」
松木「そうだ。フライングなし、転覆なし、反則なし。無事に走りきったら……切創事故を防ぐ『ケブラーズボン』を俺がプレゼントしてやる」
爽香「本当ですか!? あのプロペラが当たっても切れない高いやつ!」
爽香の目が輝く。
爽香「そんなの余裕ですよ! 9レース全部6着(最下位)でもいいんでしょう?」
松木「おう。ただし、反則したらナシだぞ。……まあ、最低でも1万円はする代物だがな。俺の雀の涙ほどの小遣いから出してやる」
爽香「教官、無理しないでくださいよ? ティッシュがもったいないからって、トイレットペーパーで鼻かんでたじゃないですか。しかも『今日の鼻水は良い色だ』とか言って見せてきたし!」
松木「あ、あれは人を選んでやってるんだよ! パワハラだって騒ぐ奴には見せん!」
爽香「奥さんにもやってるんですか?」
松木「やるわけないだろ! 昔一回やったら、カミさんがトイレから出てきて『今日のウンチは良い形だ』でお尻拭いたペーパー見せ返してきたんだぞ!
俺は検便係か!」
爽香「あはははは! 上には上がいるんですね!」
松木は一転して真顔になり、爽香の目をじっと見つめた。
松木「とにかく……フライングや転覆で大ケガだけはするなよ。お前の夢が途絶えるのだけは、俺が許さん」
爽香「……はい。約束します」
松木「それとな。もし3着以内に入ったら……特注のレース用シューズも買ってやる」
爽香「えっ!? 3着以内でシューズですか!?」
松木「おう。だから死に物狂いで食らいついてこい」
養成所の門を出る爽香の背中を見送りながら、松木はポツリと呟いた。
松木(……あんな素直でガッツのある奴、見たことがねぇよ。爽香、絶対に生き残れ!)
教官の温かい想いを胸に、爽香は戸田競艇場への道を一歩一歩踏みしめていた。




